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嘘つきトライアングル
トムside
それから俺はリチェールに恨まれる覚悟を決めて全部を話した。
イギリスで初めて助けてもらった日から、リチェールに手を引かれて助けてもらうばかりでなく対等になりたくて頑張ったこと。
リチェールを何がなんでもイギリスに連れ帰りたくて、二人の仲を引き裂こうとしたこと。
それでも、二人の親密さが羨ましくて、俺もリチェールみたいに愛されたくなってしまったこと。
リチェールは、うん、うんと淡々と相槌を打って、なにを考えてるかわからない。
でもきっともう軽蔑されただろう。
『ごめん、俺自己中だった!こんな怪我までさせて本当にごめん!』
ベットのシーツをぎゅっと握る。
リチェールからどんな辛辣な言葉が返ってこようと受け入れよう。
いや、リチェールは、優しいから許してくるのかもしれないけど、自分で自分が許せなかった。
『うん、わかった。全部話してくれてありがとう』
それなのに、リチェールはあまりにもあっさり返事をする。
『千とのことは、気にしないで、千と同じようにオレが気持ちをちゃんと持ってたらよかった話だし。しっかり話し合ってみる。久瀬先生には後でちゃんと謝りに行こう。一緒に行くから』
まるで数式でも解くようにスラスラと答えて、リチェールは俺を真っ直ぐ見て言葉を止めた。
『でもね、トム。イギリスでのあの日、オレお前を助けたつもりなんてないよ』
『え?』
なぜ、これだけのことがあって、あの日の話で神妙になるのだろう。
あの頃の出来事なんて、リチェールにとってどうでもいいことのはずなのに。
『オレ、あの時本当に空っぽでなにもなかった。嫌な言い方だけど、トムを仲間だって思ったんだ』
……うん。俺も仲間だと思いたかった。
でもあれはお優しいお前のただの優しさで俺のことをそんな風に見てるなんて思えなかった。
だから、現に俺がしっかりしだしたらお前はもう大丈夫だと言ってあの日本人を追いかけていったじゃないか。
『何もなかったオレの手をトムが握ってくれたから、強くいれたんだよ。あの時本当は守られてるのはオレだった。
トムがいやがってるの、わかってたけど』
嫌だなんておもってなかった。
ただ対等になりたくて。
お前が自分を犠牲にして俺を逃がしたときのようなことを繰り返したくなくて突き放してた。
リチェールの家庭環境が、自殺を謀るくらい荒んでるなんて知らなかったし、ボロボロのなかそれでも同じような環境の俺を助けようとしてたお前に気付けなかった。
『……リチェールの、対等になりたかった……。俺が可哀想なやつだからって優しさで一緒にいてくれてることが悔しかったんだ……』
ずっと言えずにいた、こんなに拗れたあとの今さらの言葉を口にすると、涙がぼろっとこぼれた。
嫌なものだったと、イギリスと一緒に捨てられたことがショックだった。
『こん、どは、俺がお前を守りたかった……っ
でもお前は俺をおいてどんどん前へ進んでるから、焦って……』
いつも幸せそうに見えるリチェールはあの時と変わらずこんなにもボロボロだったのだとあとになって気付く。
対等になって、守りたかったはずなのに、リチェールばかりがどんどん進んで幸せになっていくから奪いたくなった。
それがリチェールの幸せを壊す結果になるなんて思ってなかったんだ。
久瀬はリチェールのことを好きなんだからきっと千と同じように愛してくれるだろうし、愛に飢えたリチェールはそれで満足だと思った。
リチェールの幸せを勝手に決めつけた俺の方がエゴイストだ。
全てを包み隠すことなくそう言うと、リチェールはゆっくり口を開けた。
『トムそんなに何度も謝らないでよ。
オレだってイギリスで、トムにたくさんの嘘をついた。
トムのためだっておもってしていたことが、トムに悲しい思いをさせてるなんて知らなかったんだ。ごめんね』
『な、んで……リチェールが、謝るんだよ……俺が……』
俺が、最低だったんだ。
勝手に幸せになろうとするリチェールが許せなかった。
置き去りにしないでと子供みたいに駄々をこねてずるいやり方をした。
痛いくらいに拳をキツく握ると、そっとリチェールが手を重ねて来た。
『オレだって、謝ることたくさんあるよ。トムを傷付けてたんだから』
顔をあげるとリチェールがふわっと儚く微笑む。
『オレ達、似た者同士だね。嘘つきで、エゴイストでさ』
また、ぼろっと新しい涙が頬を伝う。
今さら同じだなんて言うなよ。
あの時、守ってもらっといて悲しかったなんてわがままな感情無視したっていいのに。
『日本に来てくれてありがとう。おかげでやっとオレたちちゃんとわかり合えたね』
俺の卑怯な嘘も、ズルい行動も、それでよかったと言ってくれるような言葉に心が救われていく。
俺はリチェールと、分かり合いたくて追いかけていたんだ。
最悪な地獄から俺を連れ出してくれたあの日から、ずっと、ずっと……。
『う、ぁああ───っ』
声をあげて泣く俺をリチェールが少し困ったように、それでも優しく笑って撫でてくれた。
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