485 / 594

嘘つきトライアングル

トムside リチェールが電話を終わらせるのをドキドキしながら待った。 久瀬の反応が怖いこともひとつの理由だけど、なにより。 「オレ、好きって言ってもらえて嬉しかったし、泣いて謝ってくれてたのも聞こえてたよ」 リチェールのこういう台詞のたび、後ろで千がびしばしと不機嫌な雰囲気を醸し出しているから。 リチェールのアホは電話に夢中で気が付いてない。 千は笑っているけど、人を殺しそうなほど危険な雰囲気がだだ漏れなんだよ。 さらには何を言われたのか、リチェールが電話を切る前に顔を赤くしてあたふたしたことで、もう千の顔を見ることができなかった。 「久瀬先生、学校やめちゃうんだって……」 通話を終わらせたスマホをポケットにしまいながら、リチェールは悲しそうに目を伏せる。 「でも、話せてよかった。千、電話させてくれてありが………っ」 ここでようやくリチェールは千の顔を見てびくっと言葉を止める。 怖くて見たくないけど、俺も恐る恐る顔を上げた。 「電話できてよかったな、リチェール」 眉間に深くシワを寄せて、口元に歪んだ笑みを浮かべるその表情はとても恐ろしく、俺までヒッと息を飲んでしまった。 「せ、千が電話していーって言ったんだもん……」 ばかリチェール。謝れ。 もう命がかかってると思って誠心誠意謝ればか。 そんな思いを込めてリチェールを見ると、千が深くため息をついた。 「とりあえず、風呂入ってくる」 千はそれ以上はなにも言わずそのまま浴室に向かっていった。 いなくなったことを確認すると、リチェールに掴みかかる。 『ばかリチェール!ひたすら謝れよ!ばか!』 怖かった!とてつもなく怖かった! 本当にリチェールが関わると普段の無表情さが嘘のように変わるな! 魔王か悪魔かなにかだあれは。 リチェールも半泣きでわっと俺の肩を掴み返してきた。 『だよね!やべー!久しぶりにあそこまで怒らせた!こわっ!』 そう思ってるなら謝れっての! ブツブツ青ざめてなにかを呟きながらリチェールはウロウロウロウロとリビングを歩き回る。 そんなリチェールを目で追いながら、呼び止めた。 『なぁ、リチェール』 『なにー?』 『俺、明後日イギリス帰るわ』 『え!?急にどうしたの?』   急じゃない。元々決まってたこと。 だから時間がないって焦ってしまったけれど、いいタイミングだと思う。 『引っかき回した俺が言うことじゃないけどさあんなに愛してくれる人そうそういないと思う。大事にしてやれよ』 『う、うん……』 小さくうなずくリチェールの背中をぽんと叩く。 心配ないだろう。 リチェールは頼りないけど、千がきっとリチェールを守ってくれる。 不幸の渦中に自分から飛び込んで行くような奴だけど、千が何度でも幸せへと引っ張っていくのだろう。 『トム、来てくれて本当に嬉しかった。また絶対来てね。オレもトムに会いにイギリスにいくから』 『お前は本当お人好しだな。また俺が千にちょっかいかけたらどうするよ?』 からかうように言うと、リチェールも困ったように、ははっと笑う。 『負けないよ』 それでもはっきり言うリチェールを見て、きっと2人なら大丈夫だと確信した。 リチェールが、『ごめん電話』と鳴り始めたスマホをもって寝室に向かう。 その時ちょうどお風呂から上がった千が戻ってきた。 一瞬びくっとしてしまったけれど、風呂で多少は落ち着いたのか先程の不機嫌さは消えていてホッと胸を撫で下ろした。 千にもちゃんと謝らなきゃ。 『千、俺、明後日帰るから。たくさん迷惑かけてごめん。リチェールをあんまり怒らないであげて』 『明後日?急だな。チケット取れたか?』 『うん。元々明後日の予定で取ってたから』 そうか、と呟いて千は俺の頭にぽんっと手をのせた。 思わず、ドキッとしてしまう。 『迷惑とか思ってない。またいつでも遊びに来いよ。リチェールも喜ぶ』 柔らかな笑顔を見て、ぎゅっと胸が締め付けられた。 うん、リチェールがこの人を好きになってよかった。 俺もいつか、だれかをこんな風に大切に想いたい。 そうしたら、きっと、気持ちは返ってくる。 相手の気も知らないで置き去りにされたと拗ねてるだけだった幼い自分にさよならをした。 『リチェールは?』 『さぁ、寝室に行ったけど。 千が怖くて泣いてるんじゃない?』 二人の喧嘩を手助けするちょっとした嘘をついて、笑って見せた。 なにも言わず、寝室に向かう千の背中を見送ってがんばれリチェールとようやく心からの応援をおくれた。

ともだちにシェアしよう!