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軟禁チョコレート
風呂から上がったリチェールは珍しくエプロンも着けずに料理の仕度を始めた。
たぶんまだ拗ねてるんだろう。
いつもつけてるものは洗濯するにしても予備の黒いエプロンがあったと思うけど。
「リチェール。今日の晩飯なに」
「グリーンカレーと、サラダとスープ。温めるだけだからすぐできるよー」
ここ二週間、絶対安静にして家から出さなかったからか朝昼晩と凝った料理をしていた。
パンが手作りだったり、一日中何かを煮込んでたり。
もう3月になるし、さすがに来月からは登校させなければならない。
また心配事が増えるな、と小さくため息をついた。
温められた料理が並んでリチェールが向かいの席に静かにつく。
「明日は行きたいところ連れてってやるから。機嫌なおせって」
機嫌を取り戻そうとそう言うと、嬉しそうにぱっと顔をあげた。
「ほんと?嬉しいー。純ちゃんと雅人さんも誘っていいー?」
「ああ」
そういえば、原野が毎日ルリを返せと保健室に突撃に来ていた。
あいつまたバカやって、骨にヒビ入ってるからと言うと、納得はするけどいつまでも拗ねたようにまだか。いつ治るんだとごねていた。
その後ろで佐倉が苛立ちを無理矢理隠したような微笑みを浮かべていて厄介だった。
「あんまり佐倉の前で原野といちゃつくなよ。あいつの心ミジンコ並みに狭いから」
「オレと純ちゃん相思相愛だから仕方ないねぇ。毎日電話もメールもしてるし」
女子か。
「ね。千、来週からオレ学校行ってもいい?もうどこも痛くないから」
「ああ。次またアホみたいに暴走して怪我作ったらこんな優しい軟禁じゃなくて監禁するから気を付けろよ」
脅すように微笑むと、リチェールがきょとんと顔をかしげる。
「オレ軟禁されてたのー?専業主婦みたいだなーって千のお嫁さん気分で楽しかったのに」
「………能天気なやつ」
悪態をつきながらも、可愛らしい発言に不覚にも赤くなってしまったであろう顔をそらした。
リチェールが望むなら、いつだって嫁にもらうのに。
仕事もなにもしなくていいからこうやって家で俺の帰りを待っていてほしい。
怪我のせいで抱けない苛立ちはあっても、安心と、癒しの充実した二週間だった。
それがこの先ずっと続けばいい。
「ま。オレは将来絶対働きたいしあり得ないんだけどねー」
そしてすぐにそれを打ち壊される。
……普通にいらっとした。
絶対寝る前に襲う。間違いなく襲う。
そう決意して目の前の能天気なガキに笑顔を作った。
晩飯を食べ終わり、一服してる間にリチェールがせっせと片付け始める。
テレビなんていつもニュースを流し見するくらいだったけど、リチェールがあれこれ録画するようになって、テレビをつける時間も増えた。
リチェールが好きだといっていたお笑い芸人が出てるバラエティーになんとなくチャンネルを合わせて見ていると、リチェールも小皿をもってやって来た。
「千、まだお腹入りそう?」
恥ずかしそうにはにかんて差し出すその皿にはカットされたザッハトルテが乗っていた。
バレンタインが過ぎて約2週間。
もう明日から3月になる。
あの時、トムが踏んだものが多分そうだと思って焦ったし、それを持って逃げたリチェールの背中思い出して胸を痛めた。
それを久瀬が食べたこともムカついたし、リチェールが久瀬からの告白を嬉しいと言ったことに余計腹がたった。
それなのに、リチェールはバレンタインのことなんて忘れて能天気に笑ってるから意地悪もしてみたけど。
「嬉しい。ありがとな、リチェール」
恥ずかしさや不安を赤い顔で笑ってごまかすリチェールを見て、こんなにも簡単に許せてしまえるなんて思ってなかった。
ふ、と嬉しさから笑うと、リチェールもホッとしたように、ふにゃっと笑った。
「急いで作ったから、味の自信ないんだけど…バレンタイン覚えててくれてありがとう」
へらへらと、四六時中よく笑ってるやつだけど、ごくたまに見せる穏やかな微笑みはきっと俺だけのものだろう。
俺を好きだと言い寄ってくる女からなにかを渡されるのは苦手だった。
何が入ってるかわかったもんじゃないし、バレンタインとか、クリスマスとか、わりとどうでもよく、どちらかと言うと言い寄ってくるやつがめんどくさいから嫌いな方だったはずなのに。
このチビからたかがチョコをひとつ貰えなかっただけでイラつく自分には驚いたけど、リチェールの笑顔ひとつでバレンタインも悪くないと思えた。
「ホワイトデーは、リチェールがほしいものなんでもやるよ。考えとけ」
柔らかな髪を撫でるとリチェールはくすぐったそうに笑ってすり寄ってくる。
「ほんと?じゃあホワイトデーまで待ちきれないから今貰うね」
は?と顔を開けるとリチェールが、ちゅっと触れるだけのキスをして離れた。
それからイタズラが成功した子供のように、でも恥ずかしそうに笑う。
「本当に本当に大好きだよ、千。ぎゅーってして寝ようね」
不意打ちに思わずリチェールを抱き締めて、赤くなった顔を隠した。
今夜も、気を失ったリチェールを抱き締めて寝るんだろう。
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