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天邪鬼
「で、なんで喧嘩してたの?」
雅人と月城のお決まりの喫煙中、俺とルリは仕切りで個室っぽくなってるフードコートに置かれていた。
過保護にもほどがあると思う。
「ルリさぁ、進路決まってる?」
「うん?進路?」
きょとんと首を傾げるルリに、そう進路、と繰り返す。
ルリは察したように、半笑いでミルクティーを口にした。
「ぼんやりとしか決まってないよー。接客系か、営業系かな」
人と関わることが好きだから、とルリが続ける。
すごいな、ルリは。
俺はなにも決まってない。
ましてや人と関わるのは苦手な方だから、接客業には進まないし営業なんて成績を出せる自信が微塵もわいてこない。
「で、進路のことで揉めて、雅人に関係ないもん!って言っちゃったのー?」
ははっと渇いた笑いを浮かべながらルリが俺の頬をつつく。
図星だけど、そんな可愛らしい言い方じゃない。
「どこでもいいけど、住み込みで働けるところがいいって言ったからかな。そしたらそんな風に適当に考えるなら大学に進んでまだ悩んどけって言われた」
「大学って学費アホみたいに高いし、おいそれと選べる選択肢じゃないもんねー」
「そう!!そうなんだよ!」
簡単に大学とか言ってくれやがるけど、高校すら行く気のなかった俺には、ありえない選択肢だった。
自分で払い切れる学費でもないし、奨学金なんて名前のローン組んでそこまでしてなりたい職業があるわけでもないし。
「まぁ、雅人さんの気持ちもわかるけどねー。大切な純ちゃんに適当に進路決めて欲しくないんでしょ」
「なに。ルリは雅人の味方なわけ」
雅人の肩を持つようなセリフに思わずムッと顔を顰めると、ルリが「純ちゃんの味方に決まってるじゃん」と抱きついてくる。
笑って適当にあしらってるだけの言葉のようだけど、不思議な温かさがあり、すっと気持ちが晴れる。
「ルリって、だれかに似てる」
懐かしいこの感覚に、ルリがえー?と笑う。
ほら、こんな風によく笑うところとか、なんだか懐かしい。
「あ…」
____そうだ。ルリって、昔の母さんに似てるんだ。
そう自覚した瞬間、なんとも言えない悔しい気持ちに思わず顔をしかめた。
「どうしたの純ちゃん。急にムッとした顔してー」
「いや……」
俺、ルリに昔の母さんを重ねてたんだ。
俺の話を笑ってうんうんって聞いてくれて、疑いようのない愛情を注いでくれるその顔に安心感を覚えていた。
少し気まずくて、この話はやめようと口を開こうとしたとき、俺のスマホが鳴り響いた。
俺は友達も全然いないし、親戚もいない。
大体がこのスマホを鳴らすのはルリか雅人だ。
それからごく、たまに。
ほんの少し期待を込めてスマホを見ると、そこにはその、たまにの母さんからの着信でドキッと胸が高鳴った。
「も。もしもし!」
急いで電話をとった俺をルリが珍しそうな顔で見ていた。
「もしもーし。純也?」
聞こえてきた相変わらず間延びした声に、ぎゅっと胸が締め付けられた。
母さんとの電話は久しぶりだ。
「なんだよ急にかけてきて」
思わず可愛くないことを言ってしまう。
これはいつからか癖になっていた。
「私ねぇ、今日から数日温泉旅行なんだけど、お金足りてるー?」
また、急だな。
きっと男といくんだろう。
「足りてる。てかほぼ使ってない。俺のこと気にせずさっさと行けば?」
「うん。よかった。じゃあ」
用件は終わったとばかりに、俺とは対照的な明るい声でさっさと数ヵ月ぶりの電話を切ろうとする母さんを思わず呼び止めていた。
「てかさぁ!今思い出したんだけど」
「なに?」
感情の読めない、どうでもいいような声が返ってくる。
「担任が、進路どうするって。親と話し合えってよ」
こうして、どうでもいい学校のことや心配をかけるようなことで時間を繋ぎ止めるのも、悪い癖のひとつなんだろう。
「純也の好きなようにしたら?
私が純也の歳の時はもうあんたのこと生んでるんだから」
やんわり突き放されたような絶望感も、毎回同じなのに、いつまでもばかな俺は慣れてくれない。
そろそろ一人立ちして、自由にしてくれ、そう遠回しに言われた気がして、掠れた声で「わかった」と言って電話を切った。
「純ちゃん大丈夫?顔くらいよー?」
ルリが心配そうに俺の顔を覗きこんで頬を撫でてくる。
その手を振り払い、なんでもない。と小さく答えた。
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