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天邪鬼

信じられない気持ちで、顔をあげる。 ………いやいや、いくら温泉に来たからって、そんな偶然、絶対ないだろ。 でも、1パーセント以下の可能性にすがって来たのは事実だ。 その0・何パーセントかの出来事が起きていた。 「なんで純也がここにいるの?」 男の腕に胸を当てるように絡める母さんが俺を驚いた顔で見下ろしていた。 その姿の不快さに顔が強張る。 あの散らかった狭い部屋で俺が1人で過ごそうと、あんたはお構いなしに男と旅行だもんな。 わかっていたのに、込み上げる感情にギリっと奥歯を噛んだ。 「純ちゃん、そろそろ移動しようってー」 後ろからルリがぎゅっと抱き付いてきて、母さんの視線がルリを捕らえた。 「えっ!?なに!?純也の彼女!?」 面白いものを見付けたと言うように年甲斐もなく興奮してルリのことをまじまじと見てはきゃーきゃーとはしゃいぐ。 「え、純ちゃんのお知り合い?ごめんなさい。お話し中って気付かなくて……失礼しました!」 ルリがわたわたと俺から離れてぺこっと頭を下げると少し離れた所から雅人と月城も騒ぎを聞き付けて、近付いてくる。 ああ、いやだ。 母さんが年甲斐もなく派手な格好してるのも、ずいぶん年上の男をつれているのも。 ………見られたくない。 「やだー!そんなかしこまらないで!本当にお人形みたいにかわいいね!純也の彼女さん、お名前なんて言うの?」 「あ、いえ、オレ……」 「──っるせぇな!!!」 ルリの言葉を遮って思わずそう叫んでいた。 驚いたように固まる母さんを睨み付けて、感情のままの言葉が止まらない。 普段は放りっぱなしのくせに、こんな時ばかり面白可笑しくかまいやがって。 無神経な笑顔が神経を逆なでた。 「関係ねぇだろ!いきなり出てきて母親面すんな!気持ち悪ぃな!」 感情的に言ってしまって、後悔するのはもう何度目だろう。 ハッとした時にはもう遅く、母さんはなにを考えてるのかわからない顔でへらりと笑った。 「ごめん、ごめん。そんな怒んないでよ!年頃の男の子は難しいわ〜」 明るく俺の肩を叩くと、じゃあ、またねーと男の腕を抱いて離れていく。 「………っ」 違うんだよ、母さん。 そう言いたいのに、いつも母さんは後ろ姿。

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