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温泉
純也side
母さんと久しぶりに親子らしい会話して、気がつけば雅人が席を立って一時間もたっていた。
「そろそろ、かな」
母さんが時計を見て少しだけ寂しそうに笑う。
「うん。……だね」
弾んだ会話も、また空間ごとしんと静まり返る。
ちらっと見ると、目があって母さんは柔らかく微笑んだ。
「ねえ純也、毎週日曜日は母さんデーにしない?」
「ふは。なに、母さんデーって」
「日曜日は大事な用事がない限り、母さんとランチしようよ」
頬を少し赤くして笑う母さんに、胸が温かくなる。
なんとなく、この時間が終わればまた疎遠になってしまうんじゃないかという不安があった。
でも、お互いの気持ちを知るだけでこうやって一歩踏み込めることができるようになるんだ。
「うん。でも、別にランチじゃなくてもいいよ。日曜日、母さんが起きた時間に連絡してよ」
「えー、いいの?母さん、グータラだからまた夕方とかになっちゃうよ?」
「いいじゃん、俺夕方好きだよ」
こんなに穏やかに会話ができるのはすごく心地がいい。
「母さんもねぇ、日曜日の夕方が一番好き。一緒だね」
でも、やっぱりまだ少し、照れ臭いな。
はにかんで頷くと、また日曜日にって約束してその場を放れた。
きっとまた日曜日がもっと好きになる。
昔の俺は母さんしかいなくて、母さんが全てだった。
今は母さんにもきっと俺とは別の特別な人がいて、昔はそれが受け入れられなかったけれど。
自分にも特別に思える人も、友達もできて、そしたら学校も楽しくなって、自分にゆとりができて初めて母さんに向き合えた。
母さんには母さんの幸せが、俺には俺の幸せがある。
一緒じゃなくても、こうしてまた笑い合えることが嬉しい。
母さんから離れて、居場所へと向かう。
気持ちはすごく穏やかだった。
部屋の襖を開けるとスマホをいじっていたルリが顔をあげて優しく微笑んだ。
「お帰り純ちゃん」
俺と目が合うと、ふにゃって笑って抱きついてくる。
大好きだってことをわかりやすく教えてくれるようなルリに、思わず俺も顔が緩んでしまう。
「うまくいったみたいだね」
「うん、なんとか。ありがとな」
「ふふ。純ちゃんが頑張ったからだよー」
「雅人と月城は?」
「タバコ買いに行っちゃったー。さみしかったよー」
ルリの笑顔に同じように笑って見せると抱き付いてきた華奢な体をそっと抱き返した。
雅人と月城が揃っていなくなるのは珍しく、喧嘩した俺たちに気を遣って2人きりにくれたんだろうとルリは言う。
「ねーねー。近くにコンビニってなかったよねー?」
「あー……」
そう言えば、見かけなかった気がする。
ルリはテーブルに置かれたパンフレットを俺に見せてきた。
「露天風呂の入浴時間終わっちゃうから二人でいこー」
「雅人と月城のこと待たなくていいの?」
「だってさっき出てったばっかだし、まってらんないよー」
たしかに。
部屋にも風呂はあるけど、せっかく温泉に来たんだからやっぱり大きい露天風呂に浸かりたい。
わくわくしてきて、ルリがあらかじめ用意していた二人分の浴衣とタオルを持って大浴場に大浴場にむかった。
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そして、ついてすぐ後悔する。
「ルリ、やっぱ……部屋の風呂にしよ」
「え、なんでー?」
きょとんと首を傾げるルリに頭を抱える。
……なんでかって?
俺を含め他の男の目のやり場に困るから!!!
まず、脱衣場に入った瞬間周りの人がぎょっとして固まった。
なにも気にせず脱ぎ出したルリの肌はさすが白人とだけあって真っ白で、むさい男湯で際立ち、女が入ってきたような気まずさが漂っていて、とてものんびり温泉とはいかないだろう。
「ほら純ちゃんも早く!千が戻ってきたら絶対大浴場なんて入らせてくれないんだから!」
しかも、こいつ月城に怒られるってわかってるし。
「俺までとばっちり来るのごめんなんだけど……」
「大丈夫大丈夫。マップアプリで見たけどコンビニまで車で往復30分はかかるみたいだったし、長湯しなきゃいいんだって。二人が戻ってくる前に戻って部屋のお風呂に入ったことにしたらいいんだよー」
「バレたらどうすんの」
「千ってね、泣いて謝ったらわりとすぐ許してくれるんだよね」
だから大丈夫と、ルリは天使のような笑顔でそう宣った。
「オレ、せっかく日本で初めての露天風呂だよ。絶対入りたい」
「………15分で出るからな」
「やったー!」
純ちゃん大好き!と抱き付いてくるルリに見えないように周りのチラチラ見てくる野郎共を睨んで、内心ため息をもらした。
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