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温泉

「ひゃー、さみぃー!」 「早く早く!」 のんびり浸かってると、30歳前後の男数名が騒ぎながら風呂にザブザブ入ってきた。 これだけ広いのに、やたらと近い距離に違和感を覚える。 「こんばんは!貸し切りだったのに悪いねー」 「いいえー、オレ達もう出るんでごゆっくりどうぞー」 寄ってきた男達にルリは愛想笑いを浮かべて俺を背に隠した。 視線はじろじろと分かりやすく体ばかりを見てきて、気持ち悪い。 「そろそろ雅人さん達来るだろうし、いこっか。」 ルリが俺の手を引いて立ち上がる。 「あ、連れが他にもいるんだ……」 雅人さんと言ったから、相手が少なくとも俺らよりは年上だと察したのか一番近かった男は気まずそうに距離を開けた。 やっぱルリは頭いいんだと、こういうふとしたときに改めて思う。 ルリに手を引かれるまま、ペタペタと来た道を戻り、寒かったのでもう一度室内の温度の高めのお湯に浸かって脱衣所に向かった。 新しいバスタオルに気持ち良さそうに顔を埋めて、ルリが柔らかく微笑んだ。 「ちょっと急ぎ足にはなったけど、やっぱり大きいお風呂気持ちよかったねー」 「だな。またこうしてあいつらの目を盗むのありかもな」 実際、視線が不快だったくらいで、十分堪能できたし。 あの二人がいたら部屋の小さい温泉で済まされてただろう。 普段から、少し不満に思ってたことだ。 色々と制限をされ過ぎる。 「うんうん。大体あの二人は心配性すぎるんだよねー」 「今度は雄一の家にお泊まり会とか言ってやっぱ二人でゆっくりどっか行かね?」 「いいねぇー」 「………楽しそうだね、子供達」 初めてイタズラに成功した子供のようにはしゃいでると、低い声が冷たく響き、びくっと体が跳ねた。 心臓が凍り、蛇に睨まれたような圧迫感を後ろから感じる。 ルリも風呂上がりだと言うのに顔を真っ青にさせ、固まっていた。 「……で、今度はどうするって?」 さっきとは違う声に、ルリがひっと息をのむ。 月城の声なのかこれは。 こんな怖い声出すのかあいつ。 やばい。これは絶対やばい。 ルリ、早く。 泣いて謝れ。とりあえず謝れ。 月城だけでも鎮静させたくて、藁にもすがる思いでルリを見ると、ルリも小刻みに顔をふっていた。 アホか!お前が大丈夫っつったんだろ! いや、俺ものりのりだったけど! 意を決したようにルリが羽織っただけの浴衣もそのままに振り返った。 「どーしてもおっきい露天風呂に入ってみたかったんですー!ごめんなさいー!」 そのまま月城の顔を見ないようにその胸に抱きつく。 俺も今日は素直になれたからか雅人がいつもよりずっと優しかったことを思い出し便乗して覚悟を決めて振り返った。

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