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温泉
「ご、ごめんなさい」
謝ると、雅人がはーーーっと深くため息をついて俺の頭をタオルで拭く。
「……純也が素直に謝るなんて珍しいね」
まだ表情に険しさはあるけど、手付きは優しい。
「折角ルリくんと久しぶりに会えて、お母さんとも和解できてはしゃいじゃったのはわかるけど、純也の肌が他の男に見られるの本当に嫌だし、温泉でありえないとは思うけど万一セクハラにでもあったらどうするの?次は許さないからね」
「……うん、ごめん」
「純也から、お母さんに俺のこと話してくれたの嬉しかったから今回だけ許してあげる」
浴衣を器用な手付きできちんとつけされられ、羽織も肩からかけてくれた。
大切にされてるんだなって目頭がジンと熱くなる。
「まさ………」
「まぁ、ぶっちゃけ千くんが怖いから俺の怒りが相殺されたってのが本音だけどね」
雅人の苦笑いに、え、と月城を見ると、ルリに抱き付かれたまま固まっていた。
その表情は冷たく、ルリも顔をあげるのが怖いのか、プルプル肩を震わせている。
「……まさかと思って急いで部屋に戻ってみたらさぁ、二人がいなくて、そこから怖いくらい一言も喋んないんだよね……」
雅人が顔を引きつらせて笑う。
思えば短気な雅人と違って月城はいつもなんだかんだルリに甘かった気がする。
「……千?なんか喋って?」
へにゃ、とルリがようやく顔をあげてなんとか笑う。
チラッと月城は周りのはだけたルリの浴衣姿を見て顔を赤くしてるキモい男達を冷たく睨むと、その氷のような視線をそのままルリに向けた。
痛いほどの沈黙の中、ようやく月城がゆっくり口を開いた瞬間。
「____リ」
「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさいー!本当にごめんなさい!もうしません!許してくれるまでオレ戻らないから!!!」
ついに恐怖心に負けたルリが遮るように早口に謝り、最後は子供のような捨て台詞を残してその場を脱兎のごとく走り去った。
さすがスポーツ万能なだけあって逃げ足は素早く、あっという間にいなくなったルリに、気まずい雰囲気が漂う。
もう恐ろしすぎて、月城が見れなかった。
「いや、ルリ、イギリス生まれだし、どうしても露天風呂入りたかったみたいだよ?俺からも謝るから……」
恐る恐る月城に話しかけると、ふっと月城が小さく笑った。
「ちょっと躾てくる」
その黒くて恐ろしい笑顔からは機嫌の悪さが隠せないほど滲み出ており、雅人とこくこくと首を縦に降る。
走るわけでもなく颯爽と長い足ですたすたといなくなった月城に、雅人が苦笑いを浮かべた。
「俺もかなり純也の肌見られるのいやだけどさぁ、ルリくん手ぇ出されるのかなり多いじゃん?しかも、ほらクラスの秋元くんとか千くんの前でルリくんにちゅーしたりしたでしょ?」
「あー……」
思い出してもムカつく事件に眉間にシワを寄せると、雅人が俺の手を引いて歩きながら話を続けた。
「ルリくんが一番傷ついてるからってぶつけるのは我慢してたみたいだけど、ルリくんの不用心なところ相当ムカついてるみたいだよ。しかも今回はお仕置きの軟禁明けでしょー?ルリくん月曜日登校できるといいね」
ああ、うん。
ルリ、お前がもう百パーセント悪い。
俺も共犯だけど、御愁傷様、とルリの逃げた方向に合掌して雅人と部屋に戻った。
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