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予感

夜、リチェールがぐっすり寝たのを確認してそっと寝室を出た。 着信が何件も入ってるスマホを取りだし父親にかけようとすると、ちょうど母親から新しい着信が鳴った。 「はい」 「やっとでた。あなたどういうつもり?せっかく良いところのお嬢さん見つけてあげたって言うのに」 開口一番の苛立った口調に、内心うんざりする。 無視を決め込んでもよかったけど、そうなると職場や家にでも来そうだし、リチェールからはどうにか遠ざけたかった。 「あんたらの問題だろ。俺を巻き込むな」 「それが親に言う台詞?あなたが生まれたせいで私たち夫婦はすごく大変な思いをしたのに。それでも育ててあげた恩を仇で返すつもり?」 ほら、こう言うことを言う。 こんなことで今さら一々傷付かないけど、リチェールが聞いたら間違いなく壁とか殴って啖呵切るんだろう。 あいつは賢いし、精神的に大人だとは思うけど、人のことになると短気な面もある。 何より、本当に俺は今さらこいつらに何を言われたってなんの感情の変化もないのに、リチェールは傷付くんだろう。 「なんと言われようと俺の気持ちは変わらない」 「……ほんと、何のために生まれてきたの?あなたは昔からそう。災いばかりで何も役にたたないのね」 「どうも」 パソコンで途中だった入力作業をしながら、はいはいと話を聞く。 微かに寝室から小さな声が聞こえ、タイピングする手を止めた。 「俺はあんたらに協力する気も関わる気もない。元々いない方がよかった存在だろ。いないものとして扱ってくれ。まだなにか言うようならこれからは外面さえあんたらに合わせることはしない」 「……っ、父さんに言うから」 「そうしてくれ」 そう言って電話を切ると、早足で寝室に戻った。 そっとリチェールの顔を覗くと、顔を真っ青にさせて冷や汗をかいてる。 『たす……けて……っいた、い……っ』 身を小さくして震えるリチェールをそっと抱き締め背中をポンポンと撫でる。 抱き寄せる瞬間はびくっと震えるものの、すぐ俺の胸の服をぎゅっと掴み、だんだんと呼吸を落ち着かせていく。 頻度は減ったけれど、まだまだこうして魘される夜は少なくない。 こんなにトラウマを植え付けられてもなお、両親のしたことをズルさごと受け止めて許したリチェールは優しい子だと思う。 俺はリチェールの親を許せない。 ただリチェールの気持ちを尊重してるだけで。 「せん……?」 最近はそう簡単に起きなくなったけど、今日は魘されてから宥めるまで少し時間がかかったからか、腕の中でリチェールが、もぞっと動いた。 「まだ寝てろ。明日から久しぶりの学校だろ?」 「んー……」 すぽっと顔を出して眠たそうに目を開ける。 それでも視線が合うと、へにゃと幸せそうに微笑んだ。 「……ちょっと、こわい夢見てた気がするんだけど起きて千の腕の中だと嬉しいねぇ」 ぐりぐりと頭を胸に押し付けてきて、本当に小動物のようだと思う。 まだ寝惚けた様子で眠たそうに拙い呂律。 それすら可愛いと思えてしまう。 「千、大好きだよー」 へへっと笑ってまたいつの間にか、すーすーと眠りにつく。 ずっと、好きとか愛してるとかよくわからなかった。 煩わしいとすら思ってた言葉なのに今はこいつが教えてくれた。 腕の中のたしかな幸せを抱き締めて俺も目を閉じた。

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