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予感

「じゃあまたあとでね。行ってらっしゃい」 「遅刻するなよ」 「はーい。運転気を付けてね」 いつもリチェールより30分早く出る俺は玄関でリチェールに見送られひとつキスをして家を出た。 エントランスに出ると見覚えのある姿が映り思わず顔をしかめた。 相手も俺に気付き近付いてくる。 「待ち伏せとかやめてほしいんだけど」 「お前が電話に出ないからだろ」 嫌味を言うと相手も顔をしかめる。 最後に会ったのはリチェールと喧嘩の原因になったクリスマス前だったか。 いつみても胸くそ悪い顔だ。 「お見合い。断るなんて許さないよ。俺にどれだけの恩があると思ってるんだ?」 育ての父親はそう言ってこつこつと靴を鳴らし俺に近付く。 真っ先に思ったのはここで長引いてリチェールと鉢合わせしたらまずいということ。 「行きません。俺の気持ちは変わらないって伝えたはずだ」 「ふぅん……」 何をどうお気楽な頭を持っていたら俺が従うって思ったんだ。 父親は俺を舐めるように見て、それから薄気味悪く笑みを浮かべた。 「ああ、そういえば。お前最近一人の子供飼い始めたらしいね」 俺を本気で従わせようとしてるのなら、ある程度予想はしていたけれど、リチェールのことを出されるとどうしてもイラっとしてしまう。 あいつになにかするっていうなら、俺だって黙ってはいない。 スッと目を細めると、父親が目を見開いて一瞬息を飲む。 「はは。こわい顔。それじゃあの子がお前の弱点って言ってるようなものだよ。お前はもっと冷めたやつだと思ってたけどな」 クスクス笑って、俺の肩に手を置いた。 「調べさせてもらったけど、あの子も親に捨てられてるんだっけ?いらないもの同士肩寄せ合ってるなんて泣けるね?」 「──そんな安い挑発に俺が乗るとでも?」 冷めた目で見下ろすと父親は気にした様子もなく飄々と手をおろし、やれやれとため息をつく。 「お前が乗らなくても、あの子は乗るだろ?」 あの時、たまたまとは言え会わせてしまったことを内心舌打ちをした。 あの時リチェールはこいつに噛み付いて、過去を知ってると脅すような内容も言っていた。 それで目をつけられたのだろう。 「今日の夜また電話する。気持ちが変わってることを願うよ」 父親はそれだけ言うと、早々に車で立ち去って行った。

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