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予感

リチェールside 「はぁ」 久しぶりの授業を頬杖をついてぼーっと聞き流した。 本当にたまたまだけど千が腕時計を忘れていてすぐに気付いたから追いかけたら間に合うかもって下に追いかけたら千のお父さんがいて周りが静かだったから会話も聞こえてしまった。 千には気付かれなかったけど、お父さんとは目があった。 あの挑発も忠告もオレに向けられたものなんだろう。 黒板の字の羅列をカリカリとノートに写して、くるっとシャーペンを指で回した。 今夜千はどんな決断を出すんだろう。 オレは朝聞いてたこと千に言った方がいい? それとも千のオレに知られないよう何とかしようとしてる気持ちを汲むべき?   答えはでないまま、時間だけが過ぎていく。 今日はバイトがあるから、たぶんオレが帰るまでに千は何かしらの対策をとるだろう。 だから、帰ってから千の様子を見てどうするか決めるのが最善かな。 学校が終わり、千に今からバイトに向かうことをメッセージで送った。 すぐに既読がついて、着信が鳴る。 「もしもし?」 「終わったら迎えるから、もしいつもより早く上がることになったら連絡しろよ」 もしかしたら、千のお父さんがオレに何かしらのアクションをかけてくることを用心してるのかもしれない。 「いいの?ありがとう」 「なんなら毎回迎えるって言ってるだろ」 「それはだめ!じゃあ電車に乗るからまた後でね」 「ん。変な客相手にするなよ」 「はーい」 電話を切って、また歩き出す。 本当はバイトやめてほしいって思ってるみたいだけど、そこだけは絶対やめないとワガママを通してる。 ただでさえ11歳も離れてて、養って貰ってて、教師と生徒なんだから少しでも対等になりたい。 受け取ってもらえなくても働いてせめて、稼いだお金で少しでもなにか返したいって思うし。 ならせめて帰りは迎えると言う過保護な千に、オレのプライドのことちっともわかってない!って拗ねて見せて黙らせたのが最後だった。 千は俺様で過保護だけど、オレの気持ちを立ててくれる。 オレのこの無駄なプライドがもう何度も千に頭を抱えさせてしまったのかわからない。 オレが問題がある度、自分でなんとかできるって突っ走って千を怒らせてたから、今回こそは千に全部話して頼るべき? でも……いや、それもちゃんと千に相談して決めよう。 多分、それが正解だろう。 そう決めても、嫌な予感と言うものは当たるもので。 久しぶり出勤で張り切って働いていたのもほんの一時間。 一人の男が来店して気持ちは一気に張り詰めた。 「いらっしゃいませ。一名様ですか?」 「ああ、でもあっちの奥の静かなテーブル席がいいな」 光邦さんがなれた様子でカウンター前を横切り指定された席に案内をする。 その時、その男と目があって、男は口角をあげてオレを指差した。 「___ああ、君。ブランデーを頼むよ。銘柄はヘネシーがいいな」 「かしこまりました。飲み方はいかがされますか?」 その男……千の育ての父親に、オレも動揺を見せないように笑って答えると、「ロックで」と言い渡して席へと向かった。 離れていく背中を見送り、とりあえず手は受けたオーダーを伝票にかいて、ドリンクを準備した。 手はなれてるから着々と準備を進める中、頭はそれなりにパニックだった。 あれ、間違いなくオレに何か仕掛けに来たよな。 どうしよう。 ここに乗り込んできたと言うことは相手はそれなりにオレのことを調べて準備してきただろう。 それに対してオレは今痛恨の無策だった。 できたら、千に相談して判断をあおぎたい。 でも、ここは職場で、今相手は客なんだから四の五の言える状況じゃない。 「……よし」 覚悟を決めて、できたドリンクをトレイに乗せ、千の父親が待つテーブルに向かった。

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