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予感

「お待たせいたしました。ヘネシーロックです」 いつものように笑顔でテーブルにグラスを置き、頭を下げた。 相手はちらっとオレの顔を見て、すっと目を細めた。 「お店、落ち着いてるみたいだし、ちょっと時間作れるよね?自分の分のドリンク作っておいで」 要するに飲ませて売り上げに貢献するから話に付き合え、と。 お客さんから飲んでいいよと言われ断るバーテンはいない。 ありがとうございます、と会釈をしてノンアルカクテルを持って席に戻った。 「ほら、乾杯」 「ありがとうございます。いただきます」 相手から切り出すまではなにも言わないよう、いつも通りの接客を心かける。 オレは割りとお客さんからドリンクをもらえる方で、全部飲んでられないから、少し飲んだらスタッフが呼びに来てくれる。 それまでの辛抱だ。 「君さ、この間のあれ。僕への威嚇だよね」 クリスマス前だったか、千がこの男の外面に合わせてるのにムカついて、ついオレは知ってるからなと、牽制をしてしまった。 "父さんにつけられた背中の傷がいたくて仕方ない。気分も悪いから、早く帰りたいんだってば" そう言って千の腕を引きながらもこの男を睨んでしまったあの日の考えなしの自分を殴りたい。 「千、結構冷めてるやつだと思ったけど何で君みたいなの引き取ったのかな?君にどんな魅力があるって言うんだろうね」 「優しい人ですからね」 オレからなにかを探ろうとしてるのか、仕掛けようとしてるのか計りかねる質問に当たり障りのない返答。 じわっと嫌な汗が握った手に滲んだ。 「……千がとある製薬会社のご令嬢との婚約を子供みたいにいやがるんだけど、君、関係あったりする?」 どくん、と心臓が嫌な音を立てる。 「千さんは……ボクにはそういう話しないのでわかりません」 周りのお客さんが不穏な雰囲気を感じないよう笑顔だけは崩さず向き合った。 それに合わせるように千のお父さんも薄く笑う。 「ふーん。背中のことは知ってるのに?」 ぎくっと、ほんの一瞬体が強張る。 そして、背中の話をこの男本人からされるとどうしようもない怒りが沸々と込み上げて、自分の手首に爪を立てた。 だめだ。挑発にのるな。 千には千の考えがあるんだから、オレが感情的になるわけにはいかない。 「どうして、あんなことしたんですか…」 こんなこと聞くな。 そう思うのに、怒りで理性が働かない。 千は、昔のことだと言った。 気にしてないって。 それでもあの人が気にしないから、余計に許せない。 傷付いたんだよ、千は。 その時の彼の思いはどうなるの。 思わず睨んでしまうと、千の父親はグラスに口をつけて微笑んだ。 「あんなこと?育ててやったんだ。どうこう言われる筋合いはないよ」 「育てて、やった……?」 「あいつとあいつの父親のせいで僕と家内はとても大変な目にあったんだ。罪は償うものだよ。それでも外では良い父親を演じたんだから感謝してほしいね」 ここは、職場だ。 今何かしたら、草薙さんにも迷惑がかかるし、問題を起こしたら引き取ってくれた千にも迷惑がかかる。 一度呼吸をおいて、顔をあげた。 「浮気したのは奥さんでしょ?それを相手だけに責任を押し付けて、なんの罪もない子供に、ガキみたいに八つ当たりして。脳みそ足りてないのかあんたには」 「………はあ?」 オレの言葉にぴくっと千の父親の顔がひきつる。 でも、ここで我慢するくらいなら、後で千に怒られたっていい。 「ゆっくり話をしましょう。ここではちゃんと話もできません。あとで連絡するので」 バイト先に迷惑はかけられない。 それが今オレに残ってる唯一の理性だ。 オレの千を傷付けた奴に言われっぱなしになんてなってやるもんか。

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