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予感
今日は平日も言うこともありお店は落ち着いてる。
だからもし余裕があるなら30分早く上げてもらおうと、考えてると、案の定9時に草薙さんがスタッフを集めた。
「今日落ち着いてるから、もし早く帰りたいって人いたら先着2名あがっていいよ。稼ぎたいって人は遠慮なくのこってね」
周りに手をあげる人がいないのを確認して手をあげると快く早退させてもらえた。
すぐに着替えて、千のお父さんが待つ場所へと向かった。
半個室になってるカフェバーでつくと、千のお父さんはすでにワインを飲んでいた。
「君は未成年だよね。オレンジジュースで良い?」
「はい」
手短に注文を終えて、オレのドリンクが届くと千のお父さんは笑っていた顔をスッと冷めたものにした。
「千の今回の婚約相手はね、さっきも言ったように角がたったらまずい相手だし子供にはわからない大人の事情がたくさんある。こんなでかいコブをつけて会って良い相手じゃないんだ。察してくれないかな」
コブってオレのことか。
こんな嫌味どうでもいい。
「大人の事情?あなたの事情でしょう」
「心外だな。千のためでもあるのに」
千のため?お前のためだろ!
そう言おうとしたことに気付いたのか千のお父さんはさらに言葉を続ける。
「相手は製薬会社のご令嬢で、将来間違いない相手だ。そんな人を蹴ってご両親にかなりの問題があった君を引き取ることになんの意味がある?」
オレの両親のことは当時、イギリスでそれなりにニュースになった。
ちょっと調べたらすぐわかることなのだろう。
そんな安っぽい挑発、どうでもいい。
「さぁ。少なくともそのご令嬢との結婚は、いやでもあなたと顔を今後も合わせなきゃいけなくなる。それは千は望まないと思いますけど」
「僕だってあいつの顔なんて虫酸が走る。こっちだって我慢してるんだ」
うちの千の顔は神様の最高傑作ですが!?
一々ムカつく言い方をする父親に、怒りで手が震える。
だめだ。時間もないし長居はできない。
「……オレがあなたに確認したいことは二つです」
ふーっと息をつき、気持ちを整える。
それから千の父親を見据えた。
「理不尽に千に手をあげたことに後悔や反省したことありますか?それと今後、千と親子として関係を修復したい気持ちはありますか?」
オレの質問を受けて、千の父親は意外そうに目を丸くする。
「……っは、ははは!若いねぇ」
吹き出して笑い、はぁと面白そうにため息をつく。
「僕の意に反して医者にもならないあいつにまだこうやって救いの手を差しのべてるんだ。親だからしてあげられることだよ。まぁ、相手方のご家族の前ではまた良い父親演じてやるつもりだよ。当然だろ?」
「千への気持ちに愛情はないんですね」
「かけられるわけないだろ。人の幸せな家庭をぶち壊すやつなんかに」
「……そうですか」
本当は、すぐにでも殴りかかりたい。
でも千は相手がオレの親だからって犯罪者にするのはこらえてくれたから。
今は問題起こさずちゃんと帰って、素直に千にごめんなさいって言うんだ。
「わかりました。十分です」
財布から5千円を取り出して、テーブルにおいてお父さんを見下ろした。
オレは千に親との関係を修復してもらった。
でも、オレはそんなに優しくはない。
千がしてくれたようにオレだって千に恩返しがしたい。そんな見栄は綺麗になくなった。
「あんたなんかに千は渡さない。二度と千に関わらないでください。あの人はオレがもらいます」
「ははっ。できるものなら。散々迷惑かけられたんだ。僕は何としても千には役に立ってもらうよ」
ああ、やっぱ無理!!!
ずっとこらえてた気持ちがぶちっと切れ、拳をお父さんの鼻に叩き込んだ。
「…………っ!?」
「うるさいんだよクソジジイ!千はもうオレのなの!あっちいけばか!!」
子供のようにそう吐き捨てて、そのまま逃げるように店を飛び出した。
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