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予感

千side 腕の中で眠るリチェールの髪をそっと撫でた。 正直、考えることは山ほどある。 お見合いは二週間後らしく、相手にもう俺の写真を見せているらしい。 正直、リチェールに何かされたらと思うとここは一度会って丸く納めた方がいいのかもしれないけれど、今の相手を断っても何がなんでもあの男は俺をどうにかどこかの令嬢と政略結婚させる気だろう。 俺が医者にならないと言ったときもすごい荒れようだったけど、あの頃は大切なものなんて何もなくて簡単に解決できた。 でも今は、リチェールに目をつけられ少し慎重になっている。 じっとしていてほしいのにリチェールは行動派だし。 昨日もノコノコとあの男について行ったらしい。 あの可愛いプロポーズがなかったら説教だった。 いや、本当お前が言うな。待ってろとは思ったけど。 この子が家族になるのだと腕の中で眠る愛しい横顔に思わずキスをした。 愛だの恋だのくだらないと思っていたし、結婚なんて絶対しないって思ってたのに。 リチェールが18になったらちゃんとリチェールを俺の籍にいれよう。 ……そういえば、何度か聞いたけど、リチェールはいつも誕生日をはぐらかす。 まぁイギリスでリチェールの叔父に必要な書類にサインをもらいにいった際見たから、いつかはわかってるけど。 誕生日を知られることに抵抗があるということは苦い記憶もあるのだろう。 だからこそ、ちゃんと祝ってやりたい。 そう考えていると、テーブルサイドに置かれたスマホが振動した。 リチェールを起こさないようにそっと腕枕を外し確認するとあの男からの着信で思わず、ため息が出る。 「……なんだよ。お見合いならしないって言っただろ」 相手の話も聞かず開口一番にそう言う。 「あのさぁ、お前のところのガキに怪我させられたんだけど?」 「だからなに。俺の許可もなく連れ出した当然の報いだろ」 声を聞くだけで嫌な気持ちが一気に沸き起こる。 昔されたことなんてどうでもいい。リチェールに近付いたことに腹が立っていた。 「あの子、お前の名前だしたらほいほいついてきたよ?大切なら僕には下手に出ておいた方が利口だと思うけど」 一番の問題は、リチェールが押さえつけても甘やかしても言うことを聞いてくれないこと。 自分は強い。 うまくやれるとどこから来る自信なのか。 幼いころから誰にも頼らずやってきた癖なのだろう。 「俺があんたに何もしないのは、どうでもいいからだ。でもあいつに手を出すなら徹底的にあんたを潰す。どっちが有利なのかよく考えた方が身のためだと思うけど」 なんて強気なことを言っても、最終的に社会的に勝てたからって、リチェールになにかされた時点で俺の敗けだ。 すやすやと安らかな表情で眠るリチェールの髪を撫でると、そのやわらかい手触りが少し気持ちを落ち着かせてくれた。 リチェールと養子縁組を組んでさっさと子持ちってことにしてしまえばいい。 そうすれば、こいつももう俺に関わろうとなんて思わないだろう。 先にこちらから手を出すのは、恨みを買ってるようなものだ。 それでリチェールに手を出されたらおしまい。 後手にしか回れない歯痒さにイライラしてタバコに火を着けた。 「なに?本当子供みたい。一回会っとけばいいって言ってるだろ駄々こねるな」 一度会って終わるならそれでもいい。 正直、女からのアプローチを断って丸く納めることは得意だ。 最悪それも手のひとつだと考えていると、リチェールがいつの間に起きたのか、狸寝入りしてることに気が付いた。 普段は小さく口を開けてぽけって寝てるくせに緊張したように口を結んで分かりやすい。 「付き合ってられない」 「3月24日、ホテル・シースターで13時から。この日は必ず開けておけ」 問答無用で切ろうとした指が止まる。 今、ホテル名なんつった? 「なんでそこのホテルなんだよ」 「そこの元オーナーで、今のオーナーの父親と僕が同級生だから。昔からよく何かあると利用してるんだよ」 なんで俺がこんな質問をするのかわからないといった感じで答えるから、偶然ではあるんだろう。 つくづく、リチェールは運がないと思う。 「………切るぞ」 さっさと電話を切ってスマホをテーブルサイドに置くと、リチェールがホッとしたように息をついていた。 狸寝入りは続行らしい。 俺のことでビクビクしてるいじらしい姿にいたずら心に火がつく。 そっとリチェールの耳に近付き、ふっ!と息を吹きかけた。 「ひゃあああ!!!」 一瞬で鳥肌を立てて飛び起きたリチェールにクスクス笑う。 「本当女みたいな悲鳴だよな」 「もう!千!オレ寝てたのに!」 「嘘ってバレバレですよ、リチェールさん」 にこやかに言うと、リチェールが、う。と言葉につまる。 「……ごめん。オレが聞こえてないって思ったら千、何て言うのかなって少し気になって」 しゅんとしてくっついてくるリチェールを抱き締めてベットに倒した。 「変わらねぇよ。余計な心配してないでリチェールは寝ろ。久しぶりに学校とバイトだったんだから疲れただろ」 「うん。千、いつもオレのやりたいようにやらせてくれてありがとう。オレがバイトしてる負担が千にもかかってるのわかるのにごめんね」 心配は尽きないし、出来たら働いてなんてほしくないけど、働くことが楽しいと言ってるなら仕方ない。 リチェールはこれから大人になっていくんだからやりたいということは尊重して行きたいと思うけど。 「短期バイトのホテル、名前なんだっけ?」 「え?シースターだよー」 さっき、もう草薙さんに行くって返事しちゃってたよな。 それに俺がどれだけダメだと言っても、一度受けたものを断るなんて仕事に生真面目なリチェールはしないだろう。 また悩みの種がひとつ増えて、痛む頭を抱えた。

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