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予感

リチェールはほんの少し頬を赤くして悲しそうに笑う。 「ごめんね。気持ちは嬉しいんだけど、オレ好きな人がいるから、応えられない。 でも好きになってくれてありがとう」   それを聞いた相手はわかっていたように苦笑する。 「千くーん顔怖いよー。自分だって今朝も一昨日も告白されたじゃん」 隣で佐倉は俺の顔を見てそう言うけど、自分で自分が今どんな顔してるのかわからない。 というか、あいつ校内だろうとたまに危ない目に合うし、実際に最後まで犯されたこともあったくせによくほいほい呼び出しに応じるよな。ばかなのか。 「好きな人って、月城先生ですか?」 リチェールは元々俺に限らずスキンシップは多いし、俺に片想いしてる生徒はどうせ多いからって割と学校でもひっついてくる。 俺がリチェールを引き取った話は校内で有名だし、リチェールが俺のものだってことはわりと知れ渡ってるはずだ。 「うん、そう。月城先生」 「付き合ってるんですか?一緒に住んでますよね?」 「ううん。オレの片思いー」 「俺じゃだめですか?俺、月城先生のかわりでもいいです。目隠して俺のことを月城先生って呼んでいいんで一回試してみません?」 「そんなこと言っちゃダメ。きみは体調悪い人に声かけたり、こうやって素直に言葉をくれたり、優しくていい子なんだから、すぐ君自身を好きだって人現れるよ。ね?」 「……本当に好きなんです」 相手が中々しつこい上に、リチェールの断り方も甘い。 俺は一ミリも相手に期待なんか持たせない断り方をするけど、リチェールは押したら行けそうだと相手は勘違いするじゃないだろうか。 相手にいつまでも自分を好きでいろと言ってるようなものだ。 「この間、剣道部の三年の人にも告白されてましたよね」 「……よく知ってるねー」 続く会話に苛立ちが押さえられない。 その剣道部の三年の話も聞いていない。 「そのとき、押さえつけられてキスされてたじゃないですか。すぐ殴ってたけど」 はあ? 思わず出ていこうとした体を横から佐倉に制される。 「あはは。それも見られてたんだー」 あはは、じゃないだろ。 あいつほんと、いい加減にしろ。 「俺、すごくすごく悔しくて。絶対にもうルリ先輩のこと忘れるんで、俺にも最後に思い出ください」 「え…… ?思い出?」 「キスは殴るくらいだったから嫌ですよね。だからせめて、最後に抱き締めていいですか?」 相手が少し涙ぐんだ赤い顔をあげる。 俺なら、はっきり断る。 イコールで求める訳ではないけど、リチェールにも拒否してほしかった。 「ごめん。えっと……」 「お願いします。ちゃんとルリ先輩のこと、忘れますから!じゃなきゃ、ずっとあの三年とルリ先輩のキスシーンが忘れられない……。最後だから思い出ください」 リチェールは困ったように笑って、頭をくしゃとかく。 佐倉の押さえる手が段々と強くなるなら、多分俺は相当な顔をしてるのだろう。 「本当に最後にしますから……一回だけ抱き締めさせてください。迷惑なのわかってます。本当にすみません」 相手がぎゅっとリチェールの手を握る。 遠目でわかるほど、その手は震えていて、リチェールはこういうのに弱いよな、と冷めた目で見ていた。 「ごめんね。情けない話なんだけど、オレ男の人に抱き締められるのちょっと怖いんだよねー。オレがぎゅーする形でもいい?」 リチェールが困ったように、それでも優しく微笑んで相手がぱっと明るい表情をあげる。 「いいんですか!?」 「じっとしててねー。抱き締め返しちゃ思わず殴っちゃうかもだからねー」 少しだけ身長の高い相手をリチェールが華奢な手で包み込んだ。 「キミならすーぐいい人見つかるからねー!がんばれ!」 いつもの穏やかな声より少し張って、わざとらしいほどバンバンと背中を叩き、そういう雰囲気にならないよう最大限気を遣ってるのはわかる。 わかるけど、許せるかと聞かれたらそこまで広い心は俺にはない。 しかも、不意打ちとは言え前回はキスされてたとか。 「ルリ先輩、いい匂いですよね。……ありがとうございました」 そっとほんの少しだけ一年が抱き返し、リチェールが笑顔で離れた。 「うん。君の幸せを願ってる」 これも、イギリス人がよく言う挨拶のような台詞だとわかるのに。 「いやー、千くんえらい。俺なら間違いなく割って入ってた。ほんと千くん大人だなーって思う」 男子生徒がいなくなって、リチェールがしばらくそこから動けずにいると、佐倉が横から小声で話しかけてきた。 「怒る気持ちはすごくわかるけど。ルリくんもムカつくほどの優しさのなか、身の守り方上手だったよ。そこは考慮してあげてね」 そのまま佐倉の話に返事はせず、リチェールに向かって足を踏み出した。 考慮? うちのリチェールが、賢くて底抜けに優しいやつだってよくわかった上で、許せる気がしない。 「リチェール」 自分でも意外なほど低い声が出た。 弾かれたようにびくっとリチェールが振り返り、顔を真っ青にさせる。 佐倉が後ろから出てきて、暢気に「先に戻ってるけどほどほどに」というような内容をいって出ていったけれどあまりよく頭に入ってこない。 「せ、千……あ、あの………」 狼狽えるリチェールに早足に近付く。 どうしたら、こいつは俺に隠し事をしなくなる? そんなに自分のことにいつまでも疎いなら、いやと言うほど恐怖を植え付けてやりたい。 だからって、体に手を出したって大したダメージにはならないんだろ? 俺の怒りを感じ取ってか、カタカタと震えて息の詰まったリチェールを前に、ふと歪んだ笑みがこぼれた。 「限界だわ。別れよう」

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