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予感

「え……」 リチェールの瞳が一瞬で暗くなる。 不思議と胸は痛まなかった。 「言うこと聞く気ないんだろ?ならもういい。言っても無駄なことはよくわかった」 淡々と台詞を投げ付ければリチェールは震えながら俺へと手を伸ばした。 「や、やだ……千、ごめんなさい……言うこと、聞くから……」 その手から、一歩下がって距離をおく。 今まではリチェールに俺と離れるはずがないと自信をもってほしいと思っていた。 リチェールにその自信がないのは今も変わらないけど、少なくとも俺が本気で愛してることは少しずつ伝わっていたも思うし、そのおかげでリチェールは最近甘えるようになれたというのに、なんだ今のこの状況は。 完全に裏目に出ていて皮肉すぎて笑える。 絶対に離れないけど、捨てられることも有り得ると心配して行動してほしい。 だから今はとことん突き放してやる。 「俺のこと好きなってくれてありがとう。お前の幸せを願ってる」 皮肉のようにリチェールのお優しい台詞をなぞる。 リチェールは小刻みに首を左右に降っていた。 「お前ならすぐいい人見付かるよ。俺に隠れてキスさせてやったやつもいるんだろ?」 そんなことリチェールがさせるはずないってわかってる。 やけになったって、こいつは俺以外の男となんて怯えて出来ないことを知っての台詞だ。 「捨てないで……千……」 その一言に、荒んでいた胸に、鋭い痛みが走った。 リチェールのこぼす涙は俺をいつだって弱くする。 「____り」 思わずその涙に手を伸ばして名前を口にしようとした。 「……困らせてごめんなさい!今まで、ありがとうございました……っ」 リチェールは怯えたように一歩引いて早口に言葉を叫んだ。 それから顔をあげることなく屋上を飛び出すリチェールを咄嗟に追いかけようとしたけれど、他の教員や生徒の目があり踏みとどまる。 やりすぎた。 そう思ったときには遅く、リチェールのあの表情を思い出して舌打ちをした。 思えば、久瀬から俺が生徒から告白されたことを聞いて、聞いてないと喧嘩したきりその話は久瀬の暴力事件で有耶無耶になっていた。 あの時から、リチェールは告白をされても隠すようになったのかもしれない。 こんなやり方間違っていたと、切り出した別れを受け入れられて初めて気付くなんて。 次の休み時間で呼び出してすぐ誤解を解こう。 嫉妬なんてリチェールと付き合うまでしたことがなかったんだ。 大切にしたいのに、やり方がいつもわからない。

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