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元通り

リチェールside 「二人が来てくれて助かったよ。また明日から宜しくね」 教育係の村上さんが優しく微笑み、アキちゃんとよろしくお願いします、と会釈して更衣室に向かった。 初めてということもあり、短時間で簡単な料理の出し方とオーダーの取り方だけ教わってホテルの初日は終わった。 「なんか、スタッフルームも一々広くて怖いな。短期とは言えやっぱ緊張する」 疲れたように息をついて暁さんが着替え始める。 「ほんと、気後れしそうなくらいゴージャスだよねー。アキちゃんが一緒でよかったー」 ははっと笑いながらオレも制服を脱いで私服に着替える。 オレとアキちゃんは飲食部門だからお店が終わる10時までってことになったけどもっと働いていたかった。 働くことに夢中になると嫌なことを少しの間でも忘れられるから。 「最初は緊張してるだけかなって思ったけど、やっぱ違うよね。ルリ、お前なんかあった?」 「ん?なぁに?」 アキちゃんに突然手を捕まれ、無意識に笑って返した。 「なんかあったでしょ。元気なくない?」 鋭いアキちゃんに思わず苦笑する。 顔に出してたつもりはない。 まぁ、隠すことでもないのかもしれない。 「実はオレ、千と………」 そこで思わず言葉を止める。 アキちゃんが不審そうにルリ?と、首をかしげる。 「ううん。なんでもなーい。最近ちょっと忙しかったから疲れてたかも。気を遣わせちゃってごめんねー」 一瞬崩れてしまった気もしたけど、笑顔を貫いてアキちゃんの手をやんわりほどいた。 「いや、ルリお前……」 「ごめん!今日急いでるから、今度ご飯でもいこう?その時に愚痴らせてー」 ばたばたと急いで身支度を整えて帰る準備を進めると、暁さんも納得してないような顔をしながらも着替えを進めた。   いつまでも心配してくれるアキちゃんに大丈夫だから!と言うと察してくれたように頭を撫でられた。 「溜め込むなよ」 「ありがとうアキちゃん」 話す気になったら言えよって言ってくれるアキちゃんにお礼を言って、バイバイするとそのまま早足に駅に向かった。 まだ夜は寒く、鼻の奥がつんとする。 駅のコインロッカーに入れていたキャリーバックを取ると、そのままトボトボと重たい足取りで素泊まりできる宿をスマホで探しながら歩く。 「………っはぁ」 大袈裟なため息と一緒にこぼれ落ちた涙を乱暴に手で拭う。 さっきアキちゃんに千と別れたことを言おうとしたとき堪えたものだった。 口にすると言葉と一緒にまた涙が溢れそうで言えなかった。 理解してるつもりでも、まだ全然受け入れられきれない。 オレ、千と別れたんだ。 その事実が重たくのし掛かってくる。 『限界だわ。別れよう』 千の言葉がまた頭では再生され、胸の痛みに思わず足を止めた。 病欠も多かったから、休み勝ちではあったけど、出席日数的にも成績的にも進級できるだろう。 どうせあと2週間ほどだし、学校はこのまま休んでしまおう。 家も探さなきゃいけないし。 今は遠くから彼を見かけるだけでも笑える自信がなかった。 千はずっとオレを甘やかしてくれていた。 ワガママになっていた自覚もあったし、千なら何だかんだで許してくれるだろうと言う甘えもあった。 自業自得だ。 何より、オレなんかが付き合っていい相手じゃなかった。 当然の結果のはず。 ずっとわかってたことなのに。 家族になろうとか言ってさ、浮かれてた。 「……っ」 声が出てしまいそうなほど涙が止まらず、必死に手で押さえた。 元々千に愛される前は、人一倍痛みには強かったはずだ。 元通りになっただけ。 それなのに強さだけは彼と共になくしてしまったらしい。 行き交う人が見てるのはわかるのに涙は止まらず一度落ち着こうと路地裏に入ってしゃがみこんだ。 これから、家のこととか学校のこととかやることは山積みなのに頭がうまく動かない。 涙は止まらなくて、千のことばかり思い浮かべてしまう。 いつでも守ってくれていたあの大きくて暖かい手も、名前を呼んでくれる低くて甘い声も、香水とタバコの混ざった匂いも、全部が恋しい。 なかったことになんて、できない。 一人にしないで。 初めて永遠を信じられた相手だった。 自分の手で壊してしまったけれど、本当に大切だった。 「ふ……っう、ううっ」 "お前の幸せを願ってる。すぐいい人見付かるよ" 千の言葉がまた頭で再生され、胸の痛みはひどさを増すばかり。 自分勝手な話だけど、いい人が見付かるなんて言わないで。 またお前は俺のだって抱き締めて。 「千……っ。千……っ」 大好きだった。本当に。 全部全部愛してた。 オレがうざいくらい好きだと言い寄っても好きになってくれる前から守ってくれて、付き合ってから問題起こして何度離れても追いかけてきてくれた。 あんなにも優しい千が、もう無理だと言ったんだから、望みはもうないのだろう。 捨てないでと言ってしまったとき、千の顔色が変わった。 滅多に顔に感情を出さない千が、傷付いたような顔したから、優しいあの人をこれ以上困らせたくないって思って逃げたけれど。 本当は縋り付きたかった。 でも、これ以上嫌われたくない。 大好き。 本当にもう押さえられないくらい気持ちは千を求めていた。 バイトをやめていたら?ちゃんと告白させる度、千に相談していたら? 後悔をあげたらきりがないけれど、今さら何をどうしたって千の気持ちはもうオレにはない。 いつもなんでこの人はオレなんかがいいのかわからなかった。あれだけモテるならオレじゃなくてもいい人はたくさんいるのに。 だからついいつも千の気持ちを信じれないでいたけれど、やっと夢見た永遠だった。 他の人を進められて初めて今までの過保護が愛情だったと実感する。 いつか捨てられてひどく傷ついていいから、そばで夢を見ていたいと思った。 「せん……っ」 胸がいたい。なんとかして、千。 いつもみたいに抱き締めて背中を撫でてほしい。 もう包み込んでくれる温もりはないのだと、包み込む春の夜の冷たさがひしひしとオレに実感を与えた。

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