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元通り
この人の言ってることがよく分からなくて、思わず戸惑う。
「話聞いてると、日本で身寄りだったところなくしちゃったんでしょ?見つかるまで俺ん家おいでよ」
しまった。この人、英語聞き取れたらしい。
いつの間にか開けた距離も詰めていたし、どこまで聞こえたんだろう。
「大丈夫ですよー。職場にも絶対に迷惑かけないんで」
「迷惑……ってかさぁ……」
うーんと、悩んだように言葉を濁す。
「とにかく今日は遅いし明日これからのこと考えるとして今日は四の五の言わずにおいで。目を放したらさっきみたいに泣いちゃうんでしょ?うん、はい、決定」
「え?ちょ、待……っ」
オレの返事も聞かず、オレの手からキャリーバックを取って、そのままゴロゴロ引きながら進みだす。
「待ってください。本当に大丈夫ですから!」
「うんうん。こっちも本当に大丈夫だから」
全然人の話を聞かず、手を引いても止まってくれず、あっという間に彼の家までついてしまった。
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「はい」
「あ、すみません。ありがとうございます」
いれてもらった紅茶を受け取り、冷えた手をそっとマグカップで温めた。
家は1DKでソファはなく、どこに座っていいのかわからずとりあえず机のすぐそばのカーペットにぺたんと座ると、そのすぐ隣に彼も腰をおろした。
「そう言えばお互いの名前まだだったよね。俺は西川聡。同じ飲食部門のキッチン担当よろしくね」
「あ、オレはリチェールアンジェリーです。よろしくお願いします」
ホールの人やホテルの受付の人には教育係の人と挨拶したけど、そういえばキッチンの人とは話していなかった。
とりあえず来てしまったものは仕方ないし、明日中に住むところは何とかして早く出ていこう。
後日、なにか買ってありがとうございましたってしたらそれでいいかな。
「明日朝イチで出ていきますので、ご迷惑おかけしてすみません」
こっちを見た西川さんと目が合うと気まずそうに反らされた。
「いやだから、迷惑とかじゃなくて………まぁいいや。リチェールはなんで泣いてたの?ツキシロ?だっけ、その人に捨てられたから?」
さっきの伯父さんとの会話はかなり筒抜けだったらしい。
名前を出されズキッと胸が痛んだ。
「話してみなよ。それでスッキリすることもあるかもしれないよ」
どこまで面倒見がいいんだろう。
疲れていた心が少し緩んで口を開いた。
「ホテルの他の人に言いません?」
「言わないよ」
優しく微笑まれ、それが嘘でも本当でもいいから、話してみたくなった。
話すことで少しでもこの胸の痛みが外に出ていってくれるだろうか。
「オレ、実はつい今日まで男性と付き合ってたんです」
「ああ、彼氏いたの。まぁそれっぽいよね」
少しは驚くかと思ったのに、西川さんは軽く笑うだけ。
何でもないように聞いてくれるから、少し気が楽になった。
「オレには勿体ない位いい人だったんですけどねー。彼が甘やかしてくれるからついつい歯止めがきかなくなって今日もう限界って言われちゃいました」
ははっとわざと声に出して笑ってみたけれど、胸の痛みは増すばかりだ。
それでも千を思い浮かべて自然と言葉が出る。
「限界?」
「すごい優しかったんです。何しても怒らないし、唯一怒るのはオレが彼の心配を蔑ろにしたときとか、無理したときとだけで。でも相手が年上って事もあって焦っていたと言うか、頼りっぱなしのことが嫌だったんです。付き合ってるのに全然対等な気がしなくて」
オレはいつも千に支えられていたのに、全然返せなかった。
そのことにいつも焦りのようなものを感じていたし、千の過保護さはオレを恋人としてではなくまるで本当に保護者のようでたまに寂しかった。
オレだって千を心配してるのに、なにも頼ってくれない。
「例えば告白とかされたなら、絶対に一人で行くなとか。人気の無いところは通るなとか。すごい心配性で、それが彼の負担になってる気もしてオレ全然言うこと聞かなかったんです」
「それで限界、ね」
千が心配性なのは、オレに問題があるからだ。
何回も何回も飽きもせず男の人に抱かれて。
オレが悪いのに、片意地はってあの人の優しさも心配も蔑ろにしてしまっていたんだ。
でも言い訳をさせて貰えるなら、ただ心配とか負担をかけたくないだけだったのに。
告白を断った相手から乱暴にキスされたことを黙っていたのも、告白してきた子は勘違いしてたけど、ギリギリで避けたし、済んだことで心配をかけたくなかった。
わざわざ嫌な気持ちにさせる必要ないって思っただけだったんだ。
「……今からでも、謝ったらより戻してくれるかな……」
思わずこらえてた気持ちがポロっとこぼれてしまう。
そんなの、困らせるだけだってわかってるのに。
「無理なんじゃない?限界ってまで言われてたんでしょ?カッとなってならわかるけど嫌なもの蓄積されてるんだから」
ずばっともっともなことを言われ、胸に刺さる。
「それよりさぁ、早くいい人見つけなよ。君も告白されたら断るとき早く新しい人見付かったらいいねーって思うでしょ?」
うん、思う。
心からオレなんかよりすぐいい人見つから頑張ってって思う。
千にだって今日そう言われた。
あの人はもうオレが早く新しい人を見付けることを願ってる。
「あはは。本当ですね。今はしばらく無理ですけど、彼のためにも次に進めるようがんばりま……っ」
せっかく笑顔をつくったのに、涙が溢れたせいで言葉が止まった。
ありえない。人前で泣くなんて。
千のためにも早く次に進むべきだと思う。
優しい彼にこれ以上心配かけないように、オレは一人じゃないからもう大丈夫だって。
それなのに、心がまだ千を好きでいたいと、どうしようもないほど叫んで苦しかった。
「う……っく……泣い、て……すみませ……っ」
一度溢れた涙は中々止まってはくれなくて、顔を隠した。
千、好きだよ。
あなただけが好き。
千以外の人なんて、考えられない。
こんな時でさえオレは自分の事ばかりだ。
連絡先を消してよかった。
一瞬でも気を抜いたら、捨てないで、千なしで生きていけないって泣いてすがってしまいそうだと思う。
千との思い出は大切なもので、たとえ胸が痛くても、忘れたくなんてないって思っていたけれど、千に迷惑になるような気持ちが付きまとうならいっそ全て忘れてしまいたい。
「千と出会う前に戻りたい………っ」
そしたら、一番大切なあの人に迷惑をかける道は絶対に選ばないのに。
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