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元通り

「純也!ルリは!?」 しばらくして佐久本が到着した。 急いで来てくれたのだろう。まだ寒いこの時期に薄着にもかかわらず額には汗が滲んでいた。 何故か後ろからは折山がついてきていた。 「なんでチビブタが……」 「雄一の家に泊まってたの!それよりルリくんは!?」 いつの間に折山と仲良くなったのか、折山も真っ青だった。 「佐久本さん?アンジェリーさんが探してます。すぐ来てください。他の人は恐れ入りますがもう少々お待ちください」 佐久本が手を引かれて急ぎ足に連れていかれる。 それから30分くらいして、医者が皆さんどうぞと呼びに来た。 「やはり、記憶喪失で間違いないです。日本で知り合った皆さんのことはなにも覚えてないようなので覚悟してください」 医者からそう言われながら急ぎ足で奥に進むと、所々包帯やガーゼをつけられたリチェールが佐久本に支えられてベットに座っていた。 その姿を映して一気に気が緩む。 本当に外傷は大したことなさそうだ。 リチェールは入ってきた俺達に、ほんの一瞬怯えたように固まり、けれどすぐそれを柔らかい笑顔で隠した。 「えと……皆さんオレの日本でのお知り合いって聞きました。すみません。ご迷惑をおかけしてます」 ぺこっとリチェールが他人行儀で頭を下げる。 その姿に本当にもう全部忘れてしまったのだと痛感させられた。 「ルリ………!」 一番に原野が泣きながらリチェールに抱き付いた。 一瞬びくっとしたものの、いつもの柔らかい笑みを浮かべる。 「えと、ゆーいち、オレこんな可愛い彼女日本で作ってたのー?」 リチェールの言葉に、忘れられたことを原野も痛感したのか、ついに声をあげて泣き出してしまい、リチェールは焦ってぎこちなく背中を撫でる。 「いや、そいつ男だし。お前が付き合ってたのはあっちの背の一番高い男性」 「はぁ!?」 リチェールが佐久本の言葉に驚いて俺を見る。 そこで初めてエメラルドの瞳と目があった。 『ゆーいちお前、適当なこと言ってんなよ。オレが男と付き合うわけないじゃん』 『ホントのことだっての』 俺らが英語を聞き取れないと思ったのか、笑顔は完璧にそのままに、佐久本に悪態をつく。 父親からの性的虐待もあってだろう。 付き合ってると聞かされ、リチェールの俺を見る目は警戒心で溢れていた。 「でも、今日別れたんだよ。 だめでしょ。ちゃんと事実教えなきゃ」 西川が優しく笑ってリチェールの前に立つ。 「今日、君フラれて家追い出されて泣いてるところを車で轢かれたんだよ。だからあの男と付き合ってたからって今は特別な繋がりはもう何もない。安心していいからね。記憶ないのに付き合ってたとか言われても困るでしょ?」 リチェールは戸惑ったように佐久本の服を小さく摘まむ。 「……あんた誰ですか」 佐久本の言葉も無視して、西川はリチェールだけを見つめる。 「俺は今日知り合ったばっかのバイト先の先輩。追い出された君をちょっと匿ってたくらいだから別に他人も同然だよ。無理に思い出そうとしなくていいからね。改めてよろしく」 その言葉にリチェールはホッとしたように頷く。 いきなり友達だった彼氏だったと言われるより、知り合ったばかりの他人だから気を遣うなと言われる方が気が楽なのだろう。 今ごちゃごちゃ横から言われるのも気遣いがすぎるリチェールのストレスになるだろうと黙っておく。 佐倉が上っ面の笑顔を浮かべて黙ってるのもそのためだろう。 リチェールに抱きついて離れない原野を佐倉がそっと剥がそうとするけど、手を振り払って嫌がる。 リチェールは佐倉に大丈夫ですから、と原野の背中を撫でた。 「悲しい思いさせてごめんねー。頑張って思い出すから、君との話教えて?また仲良くしてもらえたら嬉しいな」 原野がなにも答えず、ただリチェールの体に顔を埋めて泣くだけで、その姿は痛々しい。 仲良かったもんな。 その姿に皆が黙り混んだとき、西川がどうでも良さそうに腕時計を見た。 「とりあえず明日のバイトは休みなよ。俺から事情は話しておくから」 リチェールは少し考えて、それから顔をあげた。 「いえ、怪我は全然大したことないんで是非出勤させてください」 ……リチェールならそう言うだろうと思った。 「早く遅れを取り戻さないと。働いていた方が気が紛れると思います」 「え、まぁ……そっちがいいならいいと思うけど。体は大丈夫なの?」 「はい。オレ昔はやんちゃで怪我にはなれてるんで全然大丈夫です。家を探すのも今からだとしたらやっぱりお金も必要だと思いますし」 「金なら俺が全部賄うから、しばらくはゆっくりしとけよ」 ついそう口出すとリチェールがキョトンと俺を見上げる。 「あの、オレ自分のことは自分で何とか出来るんで大丈夫です。もしオレと別れてすぐ事故に遭ったことで責任を感じてるんであれば気にしていただかなくて大丈夫ですよ。どうせ覚えてないんで」 フラれた側というのも、今のリチェールからしたら気が楽なのだろう。 俺を気遣って言ったのはわかる。 それでもその言葉は鋭い刃物のように胸に刺さった。 「とりあえず、俺は支配人にリチェールの状況話してくる。 もし今日このまま帰れるなら俺の家においで。元々その予定だったわけだし」 「いかねーよ!」 突然原野が顔をあげて西川を睨む。 「お前さっきから誰だよ!一番関係ねぇだろ!引っ込んでろ!ルリは月城に守ってもらうんだよ!そう決まってんの!ばか!ばか!ばーーーか!!」 小さなチワワが体全部を使って威嚇するように西川の体を押す。 「いや、オレ本当に自分のことは自分でやれるんで」 「お前のそれは強がりだろうが!!」 リチェールに掴みかかる勢いの原野を佐倉が止めて、またボロボロと涙をこぼす。 あまりにも原野が興奮して収集がつかなくなり、とりあえずリチェールは一日入院することになった。

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