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タイムラグ

少しの沈黙はコンコンという、小さなノックの音で途切れた。 「はい」 オレの返事で、ゆっくりとドアが開き30くらいの男性が紙袋を持って入ってきた。 今度は誰だ? 「初めまして。私、近藤と申します。この度は私の前方不注意で怪我をさせてしまったことお詫び申し上げます」 目の下にくまをつくって深々と頭を下げてくる男性に慌てて駆け寄る。 どうやら話の内容からして、今回の事故のドライバーらしい。 え、でも、ゆーいちからの話によると、この人全然悪くないよね。 又聞きだから詳しくはわからないけど。 「頭をあげてください。オレが車道に飛び出したって聞きました。近藤さんはなにも悪くないんですから」 「いえ!とんでもないです!お金で解決する話ではありませんが、治療費も慰謝料も提示していただいた金額をしっかり払うつもりです。本当に申し訳ないことでございました」 いやいやいや。オレ酔っぱらいに絡まれて振り払った拍子に車道に突っ込んだんでしょ? それにそもそも本当に怪我は大したことなかったわけだし。 この人も、被害者だ。 それなのに、わざわざ折菓子まで渡してくる。 「近藤さんに嫌な思い出を作ってしまいオレの方こそすみません。どうかお金はとっておいて、今回のことを忘れるためご自身のことに回してください。お気遣いありがとうございます」 「そんな……ちゃんと償わせてください」 「その酔っぱらいに会ったらさすがにパンチくらいしちゃいそうですけど、本当に大丈夫ですよー」 「でも………!」 日本人、腰低いなぁ。 本当に大丈夫なのに。 オレは忘れて覚えてないわけだし、轢いてしまった方がショックに決まってる。 そのお金は少しでも自分への慰めというか、ちょっとでも贅沢をして早く忘れてほしかった。 「あ、でもせっかくなんで、お菓子いただきますねー。甘いの好きなんで嬉しいですー」 紙袋を受け取って笑うと、近藤さんが頬をほんのり赤くする。 「ありがとうございます……」 その表情は緊張が解けたようで、よかったと安心する。 「優しいんですね……」 「ええー?普通ですよー。近藤さんの方がこんなに気を遣ってくれてすごいなーって思います。わざわざありがとうございます」 「あ、あの。事故って、後から後遺症が出ることもあるらしいんで、せめて連絡先だけでも」 近藤さんがわたわたと名刺入れを取り出してきた時、後ろからくんっと手を引かれた。 え、と顔をあげると元カレさんが少し怖くも見える顔で笑ってオレを片手で抱き止めていた。 「大丈夫ですよ近藤さん。俺とは連絡先交換したでしょう。何かあればまたこちらから連絡しますので」 近藤さんが、あ……という顔をして、気まずそうに俯いた。 それから失礼しますと、いなくなってからも、元カレさんの機嫌はどこか悪そうで、どうしていいかわからない。 「あ、あの……オレ、もう退院の手続きも終わらせてもらったみたいですし、もう行きますね。今日はわざわざ来てくれてありがとうございます」 恐る恐るそう言うと、スカイブルーの瞳がオレを暗く映す。 「行くってどこに?」 「え?」 家探しだけど。 それをこの人に言うのは昨日追い出されたって話が本当ならなんだかまるで責めてるような言葉になってしまう気がして言えない。 「西川の家?」 ふ、と元カレさんが冷たい笑みを浮かべて、ドキッとする。 違います、と否定する前に腕を捕まれてびくっと言葉に詰まってしまった。 「行かせるわけねぇだろ」 ぐいっと手を引かれてそのまま無理矢理歩かせられる。 どのタイミングで不機嫌になったのかわからないけど、なぜか手を振り払うこともできない。 そのまま問答無用で車に乗せられ、ようやく手が放された。 「あの、オレあなたと別れてるんですよね?」 運転する彼にそう言うと、ちらっと横目で一瞬オレを見てまたすぐ前に目を戻した。 「俺はお前を離す気はない」 まっすぐ言われた言葉に、なぜかドキッと心臓が高鳴る。 そんなこと言われたって、どうしていいか分からないし、迷惑なはずなのに。 「リチェールが好きなようにやらせてやる。俺と付き合ってたこともなかったことにしていい。ただ離れるな」 ………なにそれ。 そんなの、元カレさんの負担になるだけなのに。そんなうまい話があるはずがない。 こんなに美形なら、男だろうが女だろうがより取り見取りなはずなのに、なんで別れたオレにこだわるんだろう。 マンションの駐車場に着いて、車から降りるように言われたけど、はい分かりましたって家に入るのもね。 自分からフッて追い出しておいて、記憶ないからまた戻そうとするって、なにか利己的な動機があるはずだ。 「勝負しません?」 いつまでも車から降りようとしないオレを降ろそうと助手席側に来た月城さんを挑発的に笑って見上げる。 「男同士ですし、喧嘩でどうですか。オレが負けたら、潔くお世話になります。 オレが勝ったなら、もう金輪際オレのことは放っておいて欲しいんですけど」

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