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タイムラグ
オレの提案に彼は不快そうに顔を顰める。
「お前怪我してるだろ」
なに気遣うフリしてるんだか。
この人の腹の底が読めない。
でも別に知りたいとも思わない。
ただ、放っててほしいだけで。
こんなひょろっちい体だからよくナメて見られるけど、喧嘩には自信がある。
「ははっ。この程度、怪我のうちに入りませんよ。なんならハンデあげましょうか。5分間でオレに一発でもくらわせることができたらあなたの勝ちでいいです。条件を飲まないなら絶対にオレはあなたの家なんかに入りませんし、さっきみたいに無理やり連れて行こうとしたらその綺麗な顔、腫れ上がることになりますよ」
これくらいの怪我でどうこう言うやつだ。
どうせ怪我の一つもしてこなかった、顔だけの軟弱野郎だ。
体格差が多少あっても負けるはずない。
どうします?と煽るように笑うと、彼は面倒くさそうに一つため息をつく。
それから顔を上げて、わかった、と答えた。
「条件は逆でいい。お前が一発でも俺に入れられたらリチェールの勝ちでいい。面倒だから時間は3分でいいか?」
……腹立つ。
バカにしやがって。
ムカつきすぎて思わず口角があがる。
でも、一応日本では生活を見てもらっていた恩人らしいし?
すぐ終わらせてやる。
「そのお綺麗な顔だけは避けてあげますね」
軽く手首を回して慣らすと、2歩助走をつけて地面を蹴り上げると、顔面に向かって脚を振り切った。
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「10分以上経ったと思うんだけど。もういいか?」
オレを押さえつける彼は息一つ切らさず冷ややかに見下ろした。
『……っクソ』
肩で息をして睨み上げると、呆れたようにため息を吐かれる。
顔に一発いれて、ガードされたなら回転を利用してもう一発、後ろ回し蹴りをして終わる予定だった。
それでも塞がれるなら顔ばかり庇うだろうから、ガラ空きのお腹にブロー、ここまでがオレが初手によく使う技だった。
その全てをいなされて、軽々と押さえ込まれたことが、信じられなかった。
最初はたしかに油断してた。
でも、途中から本気だったのに、オレがたった1人に負けたの?
「ほら、もう文句ねぇだろ。行くぞ」
信じられない気持ちで黙り込むオレの髪を一度くしゃっと撫でると、それ以上バカにすることも勝ち誇ることもなく、どちらかと言うと不快そうに手を離してオレのバックを掴んで歩き始めた。
「待ってください!まだ……っ」
「男が自分で出した条件で負けたグダグダ言うなよ」
振り返って冷ややかに言われる言葉に、グッと言葉を飲む。
悔しいけれど、その通りだった。
絶対、近日中に家を探して出て行ってやる。
そう決めて、しぶしぶ男の背中を追った。
「お前さ、意外と汚い喧嘩の仕方するんだな」
「……喧嘩に綺麗とか汚いとかあります?綺麗に戦いたいならスポーツやっとけばいいじゃないですか」
ふと呟かれた言葉にムッとして顔を背ける。
真正面からやり合ってオレみたいなチビに勝ち目なんかあるかよ。
そんな不貞腐れたオレの態度にも、彼は嫌な顔せず、そうだなって笑って髪を撫でてきた。
この人のオレに向ける笑顔は、どこまでも穏やかでなんとなく見ていて切なくなる。
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