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タイムラグ

________ 「ちょ、ちょっと!手、痛いんですけど……!」 強く手を引かれ、無理矢理歩かされる。 月城さんの機嫌の悪さがビリビリ伝わってきて怖いくらいだった。 家に入るなり、そのままドサッとソファに座らされ、文句を言おうと顔をあげると、冷たい瞳と視線がぶつかり息をのんだ。 「な、なんですか……」 やっとひねり出した声は情けなく震えてしまった。 「あいつと、キスしたって?」 冷たく見下ろす彼が、感情の読めない声でそう呟く。 この感情には見覚えがあった。 "お前は、僕だけのエリシアだ" 母さんが他の人といるところを目撃した日の父さんに、それはもう殺されるんじゃないかと思うほど乱暴に抱かれた。 ここでも同じようなものだったのだと、ひしひしと伝わるようだった。 ぶるっと体が震えて、唇を噛んだ。 「だから、なんです?関係ないでしょう」 この人とは別れてるんだ。 前にどんな関係だったか知らないけれど、いっそぶっ壊してしまいたい。 信じてから壊されるのは、すごく苦しいから。 なんとか口元に笑顔は作ったものの、つい嫌悪感から睨んでしまう。 この人も、父さんと同じだ。 「……怒らせるな。大切にしたいんだよ」 怒りを落ち着かせるようにはーっと荒く吐き出したため息に、ぎりっと握られた拳を見て、スッと目を細めた。 オレは、大切になんてされたくない。 「オレのことは大切にしようとなんてしてくれなくていいです。どうぞモノみたいに扱ってください。なんなら捨ててもらっていいですよ。どうせ、日本にいるためなら、誰に抱かれたって同じなんだから」 にっこり微笑めば、月城さんの顔が強ばる。 オレはずっと、この一年間どうせこうしてきたんだろ? 自分が汚く思えて、苦しい気もしたけど、救いにも思えた。 ____オレの父さんは、そこまでひどいことをオレにしていない。 オレが、自分が生きていくため相手の弱さに付け込んでるんだ。 親から逃げた先の日本で同じことをしていたのだから、原因は親じゃなくてオレだったんだ。 だから、愛されてなかった訳じゃない。 でも、愛されるのも愛すのもって怖いから、もっと乱暴で希薄な関係でいたかった。 「お前って、意外とひねくれ者だよな、リチェール」 クッと月城さんは歪んだ笑みを浮かべて、オレの唇に乱暴なキスをした。

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