565 / 594
タイムラグ
________
朝、目が覚めると、オレの部屋と準備された部屋ではなく月城さんの腕の中だった。
なんで?としばらくボーッとした頭で考えてると、昨日のことがじわじわと甦ってくる。
気まずさにいたたまれず、ベットから抜け出そうとすると、ぐいっと手を引かれて、また月城さんの腕の中に戻された。
「お、起きて……っ」
起きてたんですか!?と声をあげようとしたけれど、見るとすやすやと気持ち良さそうに寝ている。
この人に抱き締められると、昨日のことが鮮明に浮かんで恥ずかしいから、抜け出したいのに中々力が強い。
仕方なく、抵抗をやめた。
悔しいけどこの人の腕の中、何故だか安心するんだよな。
辛そうにオレを抱いて、泣いたら、自分はイってないのにやめてくれた。
____愛してる、なんて言ってくれたけど、結局は別れた相手だ。
昨日みたいに怒りを煽るような真似はしないけど、気持ちは開いてはならない。
そう思うのに、
「なんだよ……安心しきった顔してさ……」
思いの外、可愛い寝顔に胸がきゅっとする。
目の下にはうっすらクマが出来てるから、寝てなかったんだろう。
そっと、そのクマを指で撫でて、ほんの一瞬だけ抱き返した。
できるだけ早く、優しいこの人のそばから離れたい。
でも、もしも、もう少しだけ夢を見ていていいのなら、この人のこの腕の中で大事にされていたいと思ってしまう。
怖い気持ちの芽生えに頭を降って、今度こそベットを抜け出した。
時間はまだ5時で、月城さんはまだ起きないだろう。
シャワーを浴びて準備をすると、先に学校に行ってます、と書き置きを残して家を後にした。
________
スマホのナビを頼りについた学校で、自分のクラスを探す。
2年1組ってことはわかるけど、中々に広い。
クラスまでたどり着いても、まだ誰も来てなくて、自分の席がわからずとりあえず一番手前の席に座った。
しばらくしたら2、3人登校してきて、担任の先生からオレの話を聞いてるらしく、席を教えてもらい、その生徒たちと話していたら、ゆーいちが登校してきた。
「ゆーいち!」
話を切り上げてゆーいちに駆け寄ると、昔と変わらない少年のような笑顔で笑って手をあげる。
「おー、ルリ。お前もう大丈夫なん?」
ゆーいちの顔を見ると、ほっと気が緩んで、癖のように抱きいた。
「ゆーいち、来てよかったー。一限目一緒にサボるぞ」
「お前のサボり癖も復活したかー。おっけー、一限だけな」
呆れたように笑うゆーいちは、イギリスの頃からなにも変わってなくてホッとする。
この突然のタイムラグに戸惑ってばかりの中、唯一の拠り所だった。
ホームルームが始まる前に脱け出そうと、財布と携帯だけ持って、教室から出ようとした時、丁度登校してきた純也くんと目があった。
「あ、ルリ!もう大丈夫なのか!?」
「おはよー。うん、もうへーきだよー。今日からまたよろしくねー」
ガバッとオレの腕を捕んで、必死な顔を見ると、本当に心配かけてしまったんだなって申し訳ない気持ちになる。
この一年、記憶がないだけに自分自身が他人のような気がして、そのオレじゃないものの感情をオレに向けられてる感じが、どうにも気まずい。
「え、と。オレ、こいつとちょっと話があって、一限目サボるから、また後でねー」
やんわり手を離してそう言うと、あからさまに純也くんは傷付いた表情で、うん、と小さく頷く。
ズキっと胸が痛んだけど、何を言っていいのかわからず、一言、ごめんねと言ってゆーいちと教室を抜け出した。
ともだちにシェアしよう!