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タイムラグ

「はぁー!もー、ゆーいちー!」 屋上についてゆーいちのお腹をどすっと軽くグーパンチする。 相変わらず腹筋ガチガチで全然入らないけど。 「ははっ。ルリが人見知りしてるとこ初めて見た」 ゆーいちと二人きりの空間で弱音を吐くと、やっと息が出来るような安心感があった。 「この一年で色々ありすぎだろー。ねー、ゆーいちオレと転校しようよー。一から始めよ新しいところでさー」 まぁ冗談だけど。 中途半端に相手だけがオレのことを知っていて、オレの記憶のない自分を求められてるような感じがどうにもいたたまれなかった。 「んー?月城先生とうまくいってないん?」 「………うまくいくも、なにも………」 はぁ、とため息をついてしまう。 気持ちで言うなら、問題なさそうなことが大問題なんだ。 「お前ベタ惚れだったから、記憶なくしたところで、あの人のこと好きになるのそう時間かからなさそうなのにな。大切にされてたし」 「別れて、追い出されたてたらしいけど?」 「それもどーせ、誤解があるんだろ。月城先生はルリにそんなことしないよ」 やたらと月城さんを庇護するゆーいちにムッとしてしまう。 お前だけはオレの味方しろよ。 「てか、お前も男と付き合ってることをなんでそんな簡単に受け入れてんの?」 ごろん、とゆーいちの肩に頭を預けてベンチに座ると、困ったように笑われる。 「そういえば、お前そーゆーことに結構偏見あったよな。今思うと親父さんのせいなんだろうけど」 「えっ」 信じられない言葉に顔をあげると、ゆーいちは核心をついたような、笑みを浮かべて首をかしげた。 「お前がイギリスにいた頃からずーーーっと隠してたこと、もう知ってるよ。この一年で」 「っ…」 心臓がどくん、と大きく跳ねる。 うそ、本当に? ゆーいち達家族にだけは知られたくなかった。 絶対に隠さなきゃいけないことだったのに。 頭が真っ白になる。 ………ゆーいちとあんまり一緒にいなくなって、純也くんとばかりいるようになったのは、そのせい? 自分の父親とあんなことしてたなんて、気持ち悪いって思うに決まってる。 「………何のはなし?」 うまく笑えた自信がない。 冷や汗が頬を伝って、手が震えた。 「ルリ、そんな怯えるなよ。 この一年色々あったけど、俺らの関係は変わらない。それにもう月城先生が解決してくれた問題だし」 なんでそこに、月城さんが出てくるの? 混乱して頭がうまく纏まらない。 ゆみちゃん達は知ってるの? 「ルリ、ちょっと落ちつけって。俺は知れてよかったことだと思って……」 ゆーいちがオレの手を掴んで早口に言う言葉を遮るように、バン!と乱暴に屋上のドアが開けられた。 ビクッと二人でドアの方を見ると、小さな男の子がすごい形相で立っていた。 見覚えはあるけどだれかわからず、固まっているとゆーいちが焦ったようにその子に駆け寄った。 その姿に、あ、と思い出した。 たしか、病院で目が覚めた時にいた子だ。 「累?怖い顔してどうした?」 背の低い彼にゆーいちが屈んで笑いかける。   けれど、累と呼ばれた彼はゆーいちを押し退けてオレをキッと睨んだ。 「ちょっとルリくんいい加減にしてよね!頭ぶつけてないんでしょ!さっさと思い出して!あと雄一をたぶらかすのやめて!雄一は今僕と付き合ってるんだから!」 「こら、累!」 衝撃的な言葉に、信じられない気持ちでゆーいちを見ると、目があったゆーいちは気まずそうに笑う。 でもその頬はほんのり赤くてそれが事実なんだと知らせた。 「あ……ごめんねー。まさかお前にこんな可愛い恋人がいるって思わなかったー」 なんとか笑えたけど、ひきつった気もする。 同性愛者なら、嫉妬の対象は男も含まれるのかもしれない。 「オレ、サボりたかっただけだし、ゆーいち戻っていいよー。付き合わせてごめんねー。今ならHRにも間に合うでしょ」 「いや、まだ話の途中だろ」 「本人がいいっていってんだから行くよ雄一!甘やかしすぎ!」 気まずそうにする雄一を累くんがぐいっと腕を両手で掴んで引っ張った。 彼には弱いのか、ゆーいちは強く抵抗もせず屋上から出ていってしまう。 2人の姿がなくなって、深くため息をこぼした。 「………悪いことしちゃったなぁ」 恋人と喧嘩にならないといいけど。   それに、どこまで知られたかはわからないけど、ゆーいちにはもう甘えられない。 どんどん自分の居場所がなくなっていくようで息苦しい。 一人ベンチに残って、どんどん浅くなっていく呼吸を落ち着かせようと、気持ちに言い聞かせた。

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