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タイムラグ

悔しいことにどんどん呼吸が落ち着いていって、ふーっと深く息をつくと月城さんも気付いたのか、宣言通り体を離した。 涙でぐしゃぐしゃの顔なんて見られたくなくてうつむいたけどほっぺを両手で包まれて上を向かされた。 「泣き虫なのは変わらないな」 目が合うと、ふっと笑われて、胸がきゅうってなる。 泣いて過呼吸起こして絶対迷惑に決まってるのに。 「ごめんなさい……」 気まずくて小さく謝ると、さらっと髪を撫でられる。 「嫌だって泣かれる方がずっといい」 それは昨日のことをいってるのだろうか。 本当は嫌だった。 でもそうしていたなら、早く感情を麻痺させてしまいたかったんだ。 「月城さん、ごめんなさい……」 勝手に父さんに重ねて、お前もどうせこうなんだろうとひどい言葉や態度になってしまっていたと思う。 それをちゃんと謝りもしないで今朝は気まずさから逃げてしまった。 月城さんは、オレの髪を一度撫でて切なそうに微笑んだ。 「そう何度も謝るな。リチェールに謝られると、好きじゃなくてごめんなさいって言われてるみたいでキツい」 「そ……っ」 そんな意味で言った訳じゃない。 ないけど、否定したところでじゃあ好きなのかと聞かれたら困るから、出かかった言葉を飲み込んだ。 ……でも、じゃあ、あなたは? 別れて記憶をなくしたオレのことをどう見てるの? 付き合ってもないオレのことをこんなに大切にしてくれてる悲しくなるほど優しい人だから、この優しい手付きも、柔らかい笑顔も特別な思いなんてないんだろう。 それならどうして、愛してるなんて言ったの? 付き合っていた関係を終わらせたのは彼のはずだ。 「昨日は怖い思いさせて悪かった。体は大丈夫か?」 あんなに念入りに解されて、痛いはずない。 「……嫌な思いさせてすみません」 質問に答えず、話をそらすオレに月城さんは小さくため息をついてオレの肩に頭を乗せた。 「俺といるの、こわい?」 怖いと言ったら、放れて暮らすことになるのかな。 それはお互いのためだろう。 それなのに、離れる方に怖さを感じてることにひどく戸惑ってしまって言葉がでない。 「でもごめんな。リチェールが怖いって言っても離す気はない。少しずつ慣れてくれ」 「………っ」 ああ、もう、この人は。 なんでこう、いつもいつも嫌われ役になってくれるのかな。 それ、自分が負担背負ってるだけなのに。 胸が切なくて、苦しい。 「リチェール、愛してる」 耳元で囁かれ、ぞくっと体が震えた。 顔が熱くて上げられない。絶対今情けない顔してる。 オレだって、あなたのことを愛してしまいそうで苦しい。

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