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タイムラグ

「ほら、飲めそうか?」 自販機で、スポーツドリンクを買って月城さんが手渡してくれた。 「あ、お金……」 「リチェール」 いいから早く受けとれ、と促すように前にドリンクを持ってこられ、とりあえず受け取ってしまう。 「すみません、いただきます……」 確かに、喉は乾いていた。 でもまだ指先が痺れていて、うまくキャップが開けらない。 ぐっ、ぐっと二回くらい力を入れてみても開けられないでいたら、すっと取られて月城さんにカチッと簡単に開けられてしまった。 「ありがとうございます」 こう当たり前に優しくしてくれる月城さんにやっと普通に笑顔を向けれた。 目が合うと、月城さんはほんの少し目を見開いて、ふっと意地悪く笑ってくいっと顎を持ち上げられた。 え、と固まっていたら顔がくっつきそうなほど近づけられる。 「飲むところまで手伝ってやろうか?」 「わ、だめ……っ!」 妖艶な笑みにカッと顔が熱くなって、咄嗟に月城さんの唇を両手で押さえた。 「冗談だよ」 くく、とイタズラが成功した子供のように笑う顔はやっぱりかっこいい。 ……て、かっこいいってなんだ! 「か、からかわないでください!」 自分の考えを振り払うように怒ったフリをしてばしっと買ってもらった上に開けてもらったスポーツドリンクを奪った。 「あ」 けれど、痺れたままの手で乱暴に掴んだペットボトルは水滴のせいもあってすっぽぬけ、反射神経のいい月城さんが空中で掴んだけれど、中身をバシャッと頭から被ってしまった。 冷たさにビックリして何が起きたのか一瞬分からずキョトンと月城さんを見上げて、その固まった顔にさあっと血の気が引いた。 散々迷惑かけて、その上もらったスポドリ奪って溢すとか、最悪じゃん! 「ご、ごめんなさ……」 謝ろうと口を開くと、ふはっ!と月城さんが吹き出した。 「お前ほんと基本なんでもこなせるくせに、たまに底抜けに間抜けだよな」 わしゃわしゃと頭を撫でられ、戸惑う。 普通、イラってしたりしないの? それどころか、可愛いとか呟いてるし。 可愛いなんて嬉しくない。 ドキドキなんて、しない。 なのに、胸を押さえてしまう。 今まで見たことないくらい楽しそうに笑って、満足したのか一度深く息をつき優しく手を差し出した。 「着替えなきゃな。風邪ひく前に保健室行くぞ」 こんな優しさ、だれかから受けたことあっただろうか。 ううん、ない。 そもそもオレがここまで感情的になることがなかったのだから。 オレのわがままなところとか、めんどくさいところも笑ってくれる月城さんに心がどんどん解かされて行くようだった。 春先に冷たい水を被るのは中々寒く、白衣を被せられて保健室に向かった。 綺麗に整理整頓された保健室は初めて来たはずなのに妙に心臓を締め付けてくる。 「ほら、ジャージ。今貸せるのLしかないから大きいと思うけど」 「そんなに変わんないですよ。大丈夫ですー。ありがとうございます」 渡されたジャージを受け取って、男同士だしその場で服を脱いだ。 物によってはサイズがSSだったりするオレにLのジャージは大きくて、上は袖を曲げたらいいものの、ズボンがどうしてもずり落ちてしまって手で押さえた。 「月城さん、ズボンが……」 「あー、お前腰細いもんな。ズボンなんて少ししか濡れてないだろ?一時間干しとけばすぐ乾く。それまで脱いでろよ。どうせ全部隠れるだろ」 「ええー……」 適当答える月城さんにムッとしてしまう。 ワンピースみたいな格好しろって?男のプライドずたぼろじゃん。 もう濡れたままでいいからズボン履きますって言おうと振り返ると、月城さんもオレを抱いて歩こうとしたとき濡れたのか、シャツを脱いでいた。 その後ろ姿に思わず「えっ」と声を出してしまった。 「ど、どうしたんですか!?その背中!」 筋肉のつまった逞しい背中には、無数の痛々しい傷跡があって衝撃のあまり駆け寄った。 「あー………悪い。俺自身背中のことなんて忘れてた。お前こういうの気にするタイプだもんな」 ぽんっとオレの頭に手を置いて月城さんは苦笑する。 言いたくないような雰囲気から知られたくないのは、何となくわかったけど、いつか月城さんが父親とうまくいってないって言っていたことや、自分のことと重ねて予想がついてしまった。 「………お父さんに、されたの?」 言葉にしながら、胸がギリギリと痛んだ。 親に裏切られるあの悲しさをこの人も味わっていたのだと。 「昔のことだ」 月城さんは何でもないように笑った。 ………こんな優しい人に、オレ、あんな酷いことさせたの? 傷付けられる辛さをよくわかっているなら、尚更あんな真似したくなかっただろうに。 自暴自棄なオレを止めるためにどれだけの葛藤の中嫌われ役をしてくれていたのかと思うと鋭く胸が痛んだ。 オレを抱きながら見せた月城さんの辛そうな表情が浮かんでぼろっと涙が溢れた。 「リチェール泣くな。父親なんて大人になってしまえば、関わりもなくなる。寂しい思いもしなかったし、今はお前がいるから幸せだよ」 痛かったのも、悲しかったのも月城さんなのに、オレの流す卑怯な涙を指で優しく拭ってくれる。 自分が傷つきたくないからってとってしまった酷い態度はこの人を何度も傷付けていたんだろう。 「ごめんなさい………っ」 この人も親という一番近い人から欲しい愛情をもらえないで裏切られて、愛することも愛されることも臆病になっていたはずなのに。 同じ傷を持つからわかる。 それなのに、拒絶するオレに愛してると伝えてくれていたんだ。 今度こそこの人の優しさを取りこぼしてしまわないように、付き合っていたとか、捨てられたとか、そういう先入観なしで、ちゃんと向き合いたい。 こんな優しい人を傷付けてしまうくらいなら、いつか自分が傷付いたっていいから。 だってこの人は、ずっとオレの弱さもズルさも受け入れてくれてたのだから。

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