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こころ
お見合いするって言ったって、やはり全く傷付いた様子のないリチェールにホッとしていいのか、虚しいのかよくわからない。
「明日の朝ご飯の準備してきますねー」
今だっていつもと変わらないへらっとした笑顔を見せて、簡単に腕の中から出ていく。
トントンと一定のリズムで包丁で何かを切り出したリチェールの背中を一度見て、タバコに火をつけた。
「……った」
リチェールの小さな声と共にカランと包丁の落ちる音がする。
「リチェール?」
珍しく指でも切ったかとキッチンに向かえば、案の定人差し指からは真っ赤な血が流れ落ちていた。
「大丈夫か?」
「うん、ちょっと切っちゃっただけー。大丈夫ですよー」
人差し指をくわえながら、平気だと笑う。
「絆創膏貼るから、おいで」
「これくらい平気なのにー」
「ダメ。来い」
手を引いてソファに戻すと、消毒液でコットンを濡らして、軽く血を拭いてから細い指に絆創膏を巻き付けた。
「……お前の指細すぎてやりづらいな」
「細いですか?それなら女の子の指なんてもっとやりづらいですよー」
「その女の指みたいだっていってんだよ」
「オレの指は男らしいです~」
いや、どこが。
見栄をはるリチェールが可愛くて癖のように頭を撫でた。
手当てを終えると、リチェールはお礼を言ってキッチンに戻る。
それから、5分もしないで、また「……っつ」なんて声が聞こえた。
「ああ、ごめんなさい。ちょっと火傷しちゃってー」
水で腕を冷やすリチェールに、いよいよおかしいと思い始める。
そもそもバイトがない日に夕飯を準備してくれるようになったくらいで、朝なんてこいつ基本食べない派だし、まして作っていた頃から夜から準備なんてなかった。
手先も器用だからこんな風に料理をしていて立て続けに怪我をするところなんて見たことない。
よく見たら、顔色も悪い気がする。
「リチェール?お前具合悪い?」
額に手を当ててみるけど、熱がありそうな感じはない。
だとしたら、なにかまた我慢してることがあるのかもしれない。
「なにか嫌なことがあったのか?」
冷凍庫から保冷剤を出してリチェールの腕に当てると、冷たかったのかぴくっと体を揺らす。
「リチェール。一年のタイムラグは大きいし、ストレスも相当なものだと思う。何も気にしなくていいから、言ってみろ」
「もう、またそうやって甘やかすー。本当になんでもないですから。ただドジっただけですー」
いや、様子おかしいと思う。
佐久本曰く、折山が離してくれないから全然リチェールと話ができてないと言うし、原野は相変わらずリチェールを見ては半泣きだし。
まぁ、ストレスはたまるだろう。
「料理なんていいから、休んでろよ」
「いやもう作り出してますしー」
たしかに途中でやめるにはキリのいいところとは言えないくらい進んでる。
「じゃあ手伝うよ。何したらいい?」
「え?いいですよ。座っててください」
「俺が手伝ってさっさと二人で終わらせるか、料理なんてやめてソファに戻るかの二択」
手を洗いながらそう言うと、リチェールは困ったように笑う。
「えと、じゃあ、一緒に作ります?」
困ったようにも見えるのに頬は赤くて、嬉しそうにも見える。
リチェールのことなんて手に取るように分かっていたのに、記憶を無くしてからはこいつが何を考えているのか全くわからない。
そんな風にまるで俺のこと好きだったときのような顔向けられたら勘違いしそうになる。
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