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こころ

リチェールside ボーッとしてるうちに、お見合い当日になってしまった。 正直、オレは未だに自分の気持ちがよくわかっていない。 なんだろう。この腑に落ちない感情は。 受け入れたいと思った。 月城さんから向けられる優しさ全部を。 だから、どうして別れたのかとか、この一年何があったのかとか、聞きたいと思ったけど月城さんはすごく忙しそうでこれ以上負担にはなりたくない。 「今日、あの男お見合いだって?」 更衣室でボソッと西川さんが話しかけてくる。 「よくご存知でー」 普通に笑って言葉をかえしながらも、キスされてから少し苦手になってしまい距離をさりげなくあけた。 「ひどい男だよな。わざわざ見せ付けるようにこのホテルを選ぶなんて。大丈夫かリチェール」 「セッティングをしたのは月城さんじゃないらしいですよー。オレは全然平気です」 月城さんに対してとげのある言葉に聞こえる。 一度、ハッキリ西川さんからの告白は断ったけれど、それでもいつでも気が変わったらおいでと言われて、余計に気まずい。 優しい人だとは思うけど、やっぱり男の人と付き合うなんて、オレはありえない。 「こう見えてオレ、結構強いんですよー。だからそんなに気にかけてもらわなくて大丈夫です」 念をおすように言ってみても、西川さんは全然聞いてくれない。 オレの手を取って、そこにちゅっと口落とした。 「わっ!」 反射的に手を引いたけれど、力が強くて離れない。 戸惑ってると、西川さんは余裕たっぷりな顔で微笑んだ。 「可愛い。照れてるの?」 「いや、あの…!」 そうじゃなくて、普通にこんなことされるの苦手だし、気まずい。 今は二人きりだけど、ここは職場だし。 他の人に見られて、何しに来てんだって思われたくない。 「おはようございます」 三回のノックのあと、挨拶と一緒にドアが開き、すると手をが放された。 そこには暁さんが立っていて、オレと西川さんを交互に見比べてほんの少し眉を潜めた。 「なんか距離近いですね」 「気のせいじゃない?」 「うちのオーナーからは嫌になったらすぐ戻ってこいって言われてるんで、ルリのこと困らせたらすぐ連れて帰りますよ」 「……可愛くない後輩だなぁ」 妙に臨戦態勢の暁さんに引き寄せられて、オレを挟んで二人の間に気まずい雰囲気が漂う。 「あ、暁さん!オレなんもされてないんで!」 「悪いけど、お前の何でもない、大丈夫。は二度と信用しないってずーっと前から決めてるんだよ。ここのバイト切り上げるのは俺の判断だから」 それだけ言うと、暁さんは着替えを始めた。 前のオレはずいぶんと無鉄砲で、それでいて大切にされていたらしい。 気まずく思いはするけど、やっぱりこの人のそばがバイト中一番安心できた。 だから余計に心配かけないように気を付けようって思う。 西川さんがいなくなって、こそっと暁さんにお礼を言った。 「暁さん、心配かけてごめんなさい。気にかけてくれてありがとうございます」 ちらっと横目でオレを見て、優しく微笑んだ。 「んーん。個人的にあの西川ってやつが嫌いなだけだから、気にしないで。それと今日のこと月城さんから聞いたよ。お前も大変だな」 どうして月城さんのお見合いで、オレが大変なんだろう。 大変なのは行きたくもないお見合いに弱味を握られて行かされる月城さんなのに。 大変、というよりかは。 「なんでかな。うん、ちょっとそわそわしちゃいます」 ぽそっと月城さんにも言えなかった本音がこぼれる。 自分でもよくわからないけど、とにかくすごくすごく今回のお見合いが嫌だった。 月城さんを散々傷付けてきたやつに弱味を握られて、行きたくもないお見合いに連れ出されることや、それに対して何もできない自分が歯がゆくて仕方ない。 暁さんは意外そうに目を丸くして、突然吹き出してクスクス笑う。 「いいことじゃん。なんならお見合いぶっ壊しちゃえよ」 「あはは。映画みたい。その時は一緒に逃げますー?」 「ぶっ壊すのも逃げるのも手伝ってあげる」 ありえない冗談のやり取りに少しだけ気が楽になって、肩の力がストンと抜ける。 どんな悩みを握られたのかわからないけど、今日さえ乗りきればいいと月城さんは言っていた。 どうか、今日一日あの人の気持ちが少しでも守られますように、と願ってタイムカードを押した。 そしてついに始まったお見合い。 遠目に見た月城さんは、スーツ姿で髪をワックスでハーフバックにしていてかっこいい。 これは相手の女性はまず間違いなく好きになっちゃうと思う。 そう思うと、ちくっと胸に痛みが走った。 後から来た女性はきれいな黒髪の大和撫子のような息を飲むほどの絶世の美女でモヤモヤする気持ちに拍車がかかる。 「ルリ。大丈夫か?」 料理を後ろに下げた時、そっと暁さんに耳打ちをされ、ドキッとした。 顔に出ていたのだろうか。 「大丈夫ですよ」 そう笑ったけれど、大丈夫じゃない。 やっぱりいやだ。 彼が楽しそうに彼女と談笑してる姿を見たくなくて目を伏せた。 乗り気じゃないって言ってたけど、いざ会ってみたらあれだけの美人だし楽しくなったのかもしれない。 そうなったら、オレ邪魔だよなぁ。 ………ああ、やっぱり月城さんのことを考えると、どうしようもないくらい胸がいたい。

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