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こころ

「……お前達、そういう関係だったのか?」 お父さんが引いたように青ざめる。 そんなこと、なにも気にならなかった。 「気持ちが悪い。私の息子が男と付き合うなんて認めない。周りに何て言われるか想像できないのか?」 「あんたの周りに何て言われようと関係ないって言ってるんですよ」 月城さんが今どんな顔をしてるのか怖くて振り向けない。 勝手なことをして怒ってたらどうしよう。 でも、怒られてもいいからこんなやつの言いなりになんてなってほしくなかった。 「リチェール!なにしてんの!」 名前を呼ばれ振り返ると西川さんが焦った様子で駆け寄ってきた。 多分オレが在庫を探すことに時間がかかるだろうと手伝いに来てくれたんだと思う。 「当ホテルのスタッフが大変失礼いたしました!しっかり教育しておきます」 バッとお父さんに頭を下げて、オレの手を引いてここから連れ出そうとする。 お客さまに謝罪してるにしてはかなりおざなりで何かに追われてるように焦ってる西川さんに眉を潜めた。 「ああ、君。ここの会長にはすごく恩があるようだね。会長と僕は古い友人なんだ。しっかり教育を頼むよ」 意味深に笑うお父さんの言葉に、なるほど、と理解した。 西川さんは苦しそうに「……はい」と呟いて、オレの手をぎりっと痛いくらいの力で握る。 「行かせるわけねぇだろ」 月城さんにも後ろから腰を引かれ、低い声で威嚇するように西川さんを睨んでいた。    これが弱味、ね。 ここの会長にコネクションがあるからオレのことどうとでもできるって? それなら。 「オレ、ここのバイト辞めます。恩人を脅されてまで続ける理由はありません」 西川さんの手を振り払ってお父さんを睨んだ。 「あなたに脅されたことも、全部言います。だからやめるって今言ってきます。月城さんにはついてきてもらうし、もうあの席には戻りません。このまま連れて帰るんであなたはそのフォローを急いだ方がいいですよ」 「は?僕が脅した証拠は?」 「なくていいんです。とにかく辞めてきます。これであんたのちんけな武器はなくなりましたね」 嫌味のようににっこり笑って、月城さんの手を引いた。 ホテルで変な姿を見せられないからか、廊下に出ると父親は追いかけては来なかった。 「リチェ……」 「あなたは」 月城さんがオレの名前を呼ぼうとした声と、オレの言葉が重なった。 「あんな言葉の中にいなくていい。オレと帰りましょう。たくさんオレのこと守ってくれてありがとうございます」 振り返って、月城さんの手を両手で握った。 「好きです。月城さん。オレにもあなたを守らせてください」 この一年のことはよく知らない。 もしかしたら、この人にまた捨てられるかもしれない。 それでもいいと、心が言う。 この人を愛したいって。 「……なんて顔してるんですか」 真っ赤な月城さんの顔を見て、オレまで赤くなった顔を誤魔化すように微笑んだ。

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