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こころ

─────── まるで長い長い夢から覚めるようにゆっくり意識が戻っていった。 なんだか見慣れた白い天井に、病院かなぁって考えながらまだぼんやりした意識のまま室内を見渡した。 開いた窓から木漏れ日と、暖かい春の風が注ぎ込んでいて 、たぶん昼前って感じかな。 病室は個室で今は誰もいないようだった。 オレ、どうやって倒れたんだっけ? たしか……千と別れて、車に………いや、違う。 別れたことを思い出すと胸がズキッと痛む。 ぼんやりと夢の中の記憶を探ってるようで中々思い出せない。 たしか……たしか……頭痛がしたんだ。 千がすごい心配そうな顔していて、心配しないでって言った気がする。 とりあえず枕元にあったスマホで今日が何日なのか見ようと開いてぎょっとした。 「3月30日!?」 おかしい。 日にちがたちすぎてる。 もう、春休みにも入ってる。 千と別れたのは3月に入ってすぐだ。 それなのになぜか、うっすらとその後も千と過ごした記憶がある。 これは夢なのだろうか。 ああでもない、こうでもない、と考えていると、ドアがガラッとスライドした。 顔をあげると、そこには純ちゃんが色とりどりの花が生けられた大きな花瓶を持って固まっていた。 「あ、純ちゃん……」 名前を呼んだだけなのに、純ちゃんの顔色が変わり、辛そうに顔をこわばらせた。 ガシャン!と大きな音をたてて花瓶が割れ、辺りには水と破片が飛び散る。 「わわ。大丈夫ー?純ちゃん、手ぇ怪我するから触っちゃだめだよー。オレがやるから……」 慌てて駆け寄っても動かない純ちゃんに顔をあげると、そのかわいい顔に見る見る涙がたまっていって、びくっとする。 「え!?何で泣くの!?どっか痛いの?大丈夫?」 わたわたと手を伸ばそうとして、また頭がズキッと痛んだ。 ……この純ちゃん悲しそうな顔、オレは最近よく見ていた気がする。 なんで純也くんはそんな悲しい顔ばかりしてオレを見るんだろうって不思議で____………あ。 「…ル、リ…っきお、く……」 そうだオレ、どうしてもこんな大切な人達のことを忘れていたんだろう。 悲しそうな顔をして離れていくオレを見つめる純ちゃんを思い出してそれから、全てが鮮明に頭に浮かんでいく。 「………ごめん、純ちゃん。た、ただいま……?」 この子をこんなにも泣かせてしまった自分が情けなくて、へにゃ、と苦笑すると純ちゃんが、息をぐっと吸い込んでオレの胸に飛び込んできた。 「うわああん!ルリぃ!!」 あまりの勢いにしりもちをついて後ろに倒れる。 それでも、オレに抱き付いて顔を擦り寄せる純ちゃんをぎゅっと抱き締めて大切に包んだ。 ルリ、ルリ、と何度もオレを呼ぶ純ちゃんにオレまで涙がぼろぼろと溢れてくる。 どうしてこんな大切なことを忘れてしまっていたんだろう。 「ごめんね……もう絶対忘れないから……」 腕の中で純ちゃんは何度もこくこく頷いた。 「ルリのばかぁ~。俺のこと、わ、忘れるし……っう、また一週間近く眠ったままだったし……このまま起きないんじゃないかって……怖かったぁ」 グズグズ腕の中で泣く純ちゃんに何度もごめんと謝って、涙を止めて欲しくて目尻に口付けをする。 こんな素直でいい子に寂しい思いなんてさせたなんて、最悪だ。 「え、うわ!ルリ起きてる!」 開きっぱなしのドアから声がして顔をあげると、ゆーいちと累くんがびっくりしたように立っていた。 ゆーいちと目が合うと、嫌味っぽく笑った。 「オレ、ゆーいちが累くんと付き合いだしたって聞いてないんだけどー?」 「記憶戻ったら一発目に言われるって思ってたわ。タイミング逃してたんだよ。おかえり、ルリ」 気まずそうに顔を赤くしてゆーいちが笑って、オレを立たせようと手を差しのべた。 ただいま、とその手を握ろうとしたら、純ちゃんが猫が威嚇するようにゆーいちの手を振り払ってしまう。 「ルリはもう記憶戻ったから俺のなんだよ!雄一あっちいけ!」 泣きながらぎゅーっと痛いくらい抱き締められ、あまりの可愛さに唸ってしまう。 「はは!俺とルリはもはや兄弟とか家族みたいなもんなんだって。お前からとったりしねぇよ」 ゆーいちもケラケラ笑って純ちゃん頭を撫でてる。 ……秒で振り払われてるけど。 「ほら、ルリくん起きたしもういいだろ。行こうゆーいち」 拗ねたようにぐいぐいとゆーいちの腕を引く累くんにゆーいちが、はいはいと笑って従う。 なんだか、お似合いだ。 「累くん」 呼び止めてみると、ムッとした顔で累くんか振り返った。 「あの日さ、屋上に千を呼んでくれたの君でしょ?ありがとう。助かった」 「ふん。次、雄一のことたぶらかそうとしたらすぐ月城先生に言いつけちゃうから」 ムッとしてるのに頬っぺたは赤くて、なんだか可愛い。 「はは。そいつのことよろしくねー」 「ルリくんに言われなくても!こっちのことはいいから早く自分のことなんとかしたら?月城先生を傷付けんな!今お医者さんと話してるからもう来るからね!逃げるなよ!」 べーっと舌をつき出されたけど、あの子も素直じゃないよな。 本当は優しいんだってもう知ってる。 ゆーいちがまだ月城先生のことすきなのか!?って焦ったような声が暫く聞こえていて微笑ましい。 ゆーいちは日本に来るきっかけをくれた大切な幼馴染みだからどうか幸せになってほしい。 そして、オレはオレのことに向き合わなきゃね。 千が来たら、まずは謝って、ちゃんと話そう。 あの日、オレがフラれたことに変わりはない。 もしかしたら、事故に遭った負い目からもう一度愛してると言ってくれた分で、記憶が戻ったとわかったらどうなるかわからないけど。 フラれるなら、ちゃんとフラれよう。逃げずに。 オレはもう十分逃げた。 逃げて、逃げて、それでも何度もあなたの元へ行き着くってことに気付いたから、もう逃げるのはやめだ。 フラれたって、もう一度好きになってもらう。 千を諦めるなんて無理だったんだと思い知らされた。 オレは何度だって千に恋をする。

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