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そしてキミは

ナースさんが来て、割れた花瓶を片付けてくれるのをすみませんすみませんと謝っている間も純ちゃんは泣いて背中から離れなかった。 まるでオレが泣かせたみたいで気まずい。 いや、オレが泣かせたようなものか。 「純ちゃんお目目がウサギさんみたいに赤くなっちゃうよー?そろそろ泣き止もー?」 ベットに座ると、膝の上に対面で股がってきてまだ泣く純ちゃんの背中をぽんぽんと撫でて笑った。 可愛いけど、これ雅人さんに見られたらオレ刺されないかなー? 見られたときのこと想像してサーっと血の気が引いてくる。 そのとき、静かにカラッとドアがスライドして「ひいっ!」と情けない声が漏れた。 「……リチェール?」 その声に顔をあげると、雅人さんもいたけど、そんなこと全く気にならないくらい心が動いた。 「……せ」 名前を呼ぼうとする前に、千の腕に包まれていた。 それより早く反応した雅人さんが純ちゃんを抱き上げていて、親から引き剥がされた子供のようにぎゃんぎゃん泣いている。 「せ、千、まって……純ちゃん泣いてる……」 話したいことは色々あったのに、バカみたいに緊張して心臓がうるさい。 一度離れようとしたけれど、腕に力を込められて、それも敵わなかった。 「悪い、佐倉。二人にしてくれ」 「うん、オッケー。俺もそれ言おうと思ってた」 「やだ!俺ルリといたい!ルリ!ル……むぐっ」 騒ぐ純ちゃんを胡散臭い爽やかな笑顔のまま手で口を塞ぎ連れ去っていく姿は手慣れた誘拐犯のようで心配にはなるけど、あれはあれで上手くいってるんだろう。 あとでちゃんと甘やかしてあげるからね、と純ちゃんに心の中でエールを送った。 「あの……いっぱい迷惑かけてごめんなさい……」 今、オレと千は別れてる状態のはずだ。 倒れる前、気持ちは繋がったはずだけど、それは記憶のないオレで今のオレはフラれたきりだ。 千って呼んでいいのかすらわからない。 「記憶戻ってるんだよな?」 安心したようなはーっと長いため息が聞こえる。 まるでオレの存在を確かめるように千の手が優しくオレの背中を滑った。 胸がぎゅっと締め付けられて、苦しい。 やっぱり、オレにはこの人しかいない。 「あの……オレやっぱり、せ……月城さんと別れたくない。悪いところ全部直すから、オレにもう一度チャンスをくれないかな?」 力強い腕からほんの少し逃れて、顔をあげる。 声は情けなく震えてしまった。

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