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そしてキミは
「……悪い」
千の小さな声が静かに気持ちを伝える。
「………っ」
そりゃ、そうだろう。
散々迷惑かけたんだから。
胸に走った鋭い痛みに、喉まで痛んで声が出ない。
笑わなきゃ。
せめて、優しい千が気を使わないように。
当時に戻っただけだ。
それでもオレは千が好きだよって、笑って……。
「本当に別れるつもりなんてなかったんだ。酷い言葉でお前を傷付けて押さえようとして悪かった」
「え……?」
情けなくかすれてしまった声に、千が優しく頬を撫でてくれる。
「俺の知らないところでキスされたり、二人きりで男と会ってたことが許せなくて、卑怯なことをした。二度とあんなことはしないから、俺のそばからもう二度と逃げ出さないでくれ」
辛そうな顔をする千に、その気持ちの真剣さが伝わってくる。
この人がいつもいつもオレを危険から遠ざける為に、色んなことをしてくれていたことはわかっていたのに、守られたくない。対等でいたいなんて、子供っぽいプライドで踏みにじっていた。
オレだってずっと傷付いてきたこの人を守りたいって思っていたのに。
強いこの人を傷つけてるのはいつもオレだ。
「千…ごめんなさ……っ」
愛されていたことへの安心なのか、傷付けてしまったことへの罪悪感なのか、涙がぼろっとこぼれて言葉が途切れてしまった。
千が、目に優しくキスをしてくれる。
それからまたきつく抱き締められた。
その手は少し震えていて、あの強い千がまるで怯えてるようだと思う。
「ど……して、そんなに辛そうなの……?お父さんのこと、なにかあったの……?」
ハッと耳元で小さく笑う声が聞こえる。
なんでそこであいつが出てくるかな、と半笑いで呟いて、ちゅっと耳にキスをされた。
「俺がバカなことを言ったあとリチェールが出ていって、探してる間、生きた心地がしなかった。車にひかれたって聞いたときは心臓が止まるかと思った。今回もずっと寝たままで目を覚まさなかったらと思うと……」
ぎゅうっと腕に力がこめられる。
「リチェールを失うかと思ったら、心底怖ぇよ」
……オレも、この人を失うことが一番怖い。
ずっとオレばかりが千を好きでいる気でいたけど、同じだったんだと胸が締め付けられた。
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