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そしてキミは

スタッフによって案内されて入ってきた二人の男女に息を飲む。 「なん、で……」 一瞬で血の気が引いて、多分顔に出てしまったと思う。 気まずそうに目を一度伏せて、ゆっくり口を開いた。 『リチェール、驚かせてしまってごめんなさい』 ……母さんと最後に会ったのはあの空港。 いつかは笑って会いたいと思っていたけど、突然の事で固まってしまう。 母さんの言葉に答える余裕もなく、隣で気まずそうに黙ってる父さんから目が離せなかった。 殴られたことや、押さえ付けられ乱暴に挿れられたこと、首を絞めながら中に出されたこと。 そんな色んな感覚が一瞬でフラッシュバックして、くらっと目眩がした。 その時、テーブルの下で千の大きな手がオレの震える手を包んだ。 その暖かい温もりに、少しずつ気持ちが落ち着いていく。 『月城さん、今日は面会を恩赦してくださりありがとうございます』 『いえこちらこそ、ご足労をかけました』 父さんが近付いてきて、千と握手を交わす。   2、3言、挨拶をしてテーブルにつくと、コースが始まった。 正直、最悪だ。 よりによって、この日にこの人たちと会う組み合わせは。 誕生日を祝ってもらった記憶はない。 二人とも家にいなかった日はまだいい。 こんな生まれてきた日でさえ、父さんの虫の居所が悪くてエリシアと呼ばれて犯されるのは、まるで生まれてきたことが間違いだと言われてるようで最悪だった。 "今日、オレ誕生日だったんだよ" 朝方まで犯されて、家から出ようとする父の背中にぽつっと呟いた言葉は、今日くらいオレをリチェールとして認識してほしかったから。 "今日はエイプリルフール。それだけの日だろ" どうでも良さそうに振り向きもせず父はそう一言笑って、家を出ていった。 こんな日ですら。オレを認識してくれる家族は誰もいない。 4月1日。 エイプリルフールが誕生日だと言うことが妙に自分にあってる気がして、それも嫌だった。 今日なにか特別なことなんてなにもなくていい。 親と和解なんていい。 千と特別な進展なんてなくていい。 祝ってほしくなんかない。 全てエイプリルフールの嘘になってしまいそうで、怖い。

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