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そしてキミは

料理が少し落ち着いたとき、母さんが心配そうに口を開いた。 『全然食べてないじゃない。どこか悪いの?』 『ううん。美味しいよ』 なんでもない、と笑うオレに横で千が見透かすように目を細める。 ……気まずい。 何をしに来たんだろう。 どうして千は教えてくれなかったんだろう。 『……お前は昔から吐き癖が酷くて少食だったからな』 父さんがふいに言葉をかけてきて、一瞬固まってしまう。 それは母さんに重ねての言葉なのか、オレのことを言ってるのかすらわからない。 だってこの人にオレをリチェールだと認識されたことはなかったから。 『そうかな。吐き癖なんてあった覚えないけど、苦労かけたんだね』 辛うじて笑って見せても、ぎこちなさは拭えない。 『この子は今でも吐き癖ありますよ。量は食べられないですし。でも最近は残すことも減ったな』 ぽんっとオレの頭に手を置いてフォローしてくれる千にほっとする。 全ての料理が揃って、ウェイターが下がると母さんが手を止めて顔をあげた。 『あのねリチェール。今日、4月1日じゃない?』 ぴくっと顔がひきつる。 母さんは恥ずかしそうに笑いながら言葉を続けた。 『もうあなたに会えないと思ってたの。どの面下げて会っていいのかわからなくて。でも、もうあなたも18で成人でしょう?せめて一言祝いたくて…おめでとうリチェール』 『……ありがとう。嬉しいよ』 感情に蓋をして、笑って見せる。 その時、父さんとも目があって、思わずそらしてしまう。 父さんは目をそらさずオレを見て静かに息を飲んでいた。 『………お前はそんな顔していたのか………』 無意識に出たのか呆然と呟く父さんの言葉の意味がわからず、『え?』と聞き返した。 父さんは苦虫を噛んだような顔をして躊躇いかちに口を開いた。 『………エリシアが浮気したと思ってからはそれにばかり気がとられて、お前だけは僕だけのものにしたかった。……エリシアはもうないものとして、お前に僕だけのエリシアを、求めていたから………正直、今回会いに来ることになってお前の顔すら思い出せなかった……』 父さんがオレを認識してないことくらいわかっていたから、別に今さら傷付かない。 無感情に、うん、と相槌が打てた。 その横で母さんは悲しそうにオレを見つめている。 千の顔は見れなかった。 『でも、エリシアと何度も話し合って、カウンセリングも受けてるうちに……思い出せないことが怖くなった。 あの日、お前が生まれた日、愛する妻と僕との間に生まれたお前を天使だと思った。その感情は確かに僕のものだ』 胸がチリチリとうずく。 こんな嬉しいはずの言葉すら今日だけは聞きたくない。 エイプリルフールの嘘だなんて言わないで。 オレは誕生日なんて、嫌いなんだよ。 『お前を思い出そうとしても写真すら一枚もなくて、お前が使っていた部屋もそこに元から誰もいなかったかのように何もなかった。お前をいないものとして扱っていたはずなのに、初めからいなかったんじゃないかと錯覚しそうな感覚が怖くて仕方なかった。勝手だけど会って安心したかった。エリシアとの間に生まれた天使はたしかに存在したんだって』 ほらね、それ結局母さんとの思い出のひとつとしてオレを見てるだけじゃないか。 初デートで記念に贈ったネックレスと同じような物なのだろう。 わかりきっていたことだ、と口元に笑いがこぼれた。 『お前を、大切にしたかったんだ。お前が生まれたあの日の感情に偽りはない。守りたいって思ったし、幸せにするって抱き締めながら決意した。そのはずなのに……っ僕の天使はずっとそんな顔をして笑っていたのか?』 父さんの言ってる意味がわからない。 オレは今どんな顔で笑っているのだろう。 いつもと変わらないはずなのに。 『あなたが無理して笑ってることくらいわかるのよ。……こんな私たちでも親だから』 その時、母さんが悲しそうに呟いた。

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