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「他に買い忘れたものないかなー」 山ほどのショッピング袋をぶら下げて、ルリさんはうーんと考え込む。 「ないですないです。もう本当充分です」 むしろあったとしても忘れたままでいてくださいと願いを込めて見つめると、謎のウィンクを返された。 その辺の芸能人よりキラキラしてるな。 「そんなに遠慮ばっかしないでー。お買い物して歩くの楽しいじゃん。ね?」 いえ、胃に穴が空きそうだし、初めて女性とのお出かけ、それも美女というオプション付きで正直緊張のしすぎで生きた心地がしないです。 「ねぇねぇー。本当に欲しいものとかないのー?」 「ないです」 「そっかー。じゃあ最後にお花屋さんだけ寄ってお買い物はおしまい」 まだ何か買うのか。 というか、花? 生活には必要ないと思うけど、四季さんの趣味かな。 車のトランクに荷物を詰め込み、運転するルリさんはどこか楽しそうだ。 ……そのドライブテクニックは決して上手とは言えないけど。 ついたお花屋さんはこじんまりとしつつもおしゃれで、入った瞬間天然物のいい匂いが鼻を掠めた。 お花屋さんに来るのは初めてだけど、色鮮やかな花で彩られた店内はどこかメルヘンで御伽噺の世界に来たように胸がドキドキした。 「瑞稀くん好きなお花とか、好きな色とかあるー?」 「え?いえ、ないです」 ついさっきまでの癖で考えないまま断ってしまう。 今のは、さすがに態度悪かったと謝ろうと顔を上げると、ルリさんは気にした様子もなくへらりと柔らかく微笑んだ。 「これは清十郎のお使いじゃなくて、オレのプライベートの買い物だから、参考までに教えてよー」 どうして、こんな態度の僕に優しくできるんだろう。 優しくされることは、どうしても慣れてなくてなんて返していいのかわからない。 「えっと……チューリップとか……」 「あは。いいねー。オレもチューリップ好きー。何色が好きー?」 「赤のイメージしかなくて、他にもあるんですか?」 「うん、黄色とかピンクとかあるみたいだよー。でも、赤いのにしようか」 透明のショーケースを見ながらルリさんが、ほらアレと指を指す。 そこには色とりどりのチューリップが並べられていた。 それでもやっぱり一際目立つのは真っ赤な赤だった。 「瑞稀くん、好きなもの教えてくれてありがとう」 ルリさんは僕の髪を撫でて、何もなかったようにすみませんと店員さんを呼び止めた。 撫でられた髪に、つい自分の手をのせてみる。 あの人、僕のこと子供扱いしすぎじゃない? もう15なんだけど。 ……でも、馬鹿にしてる感じゃないことがわかるから、どうにもくすぐったくてやっぱり何も言えない。 「すみません、あんまり詳しくなくて見繕っていただきたいんですが」 「はい、好きな色やイメージはありますか?」 「チューリップと…あとは幸せなれるような花言葉のものでカラフルで優しい感じのものにしてほしいです」 誰かへ贈るものなのだろうか。 相手は幸せ者だな。 ていうか、その中に僕なんかが選んだ花が混ざってしまっていいのかな。 「あ。それならちょうどよかったですね。チューリップもとてもいい意味のものですよ。 お選びいただいた赤でしたら、愛の告白です」 にっこり笑って言われた店員さんのセリフに、顔が熱くなる。 そう言う花言葉だったの? 絶対ルリさんが相手に贈りたい気持ちにそぐわない。 「あの、ルリさん、やっぱり……」 「ふふ。愛の告白だって。ちなみに他の色でオススメありますか?」 全く気にした様子もなく、ルリさんがくすくす笑う。 それだけで、チューリップはやっぱりいいですとか言わなかった。 「同じチューリップでもピンクでしたら幸福という意味になります。あとはそうですねラナンキュラスとヒヤシンス、ルピナスとかも……あ、あと鈴蘭とかすみ草も全部幸せな花言葉ですよ。他にもいろいろありますが…」 「それぜーんぶお願いします」 「結構大きい花束になりますが大丈夫ですか?」 「はい。いっぱい幸せになって欲しいので」 「ふふ。承知しました」 眩しいくらいの笑顔で楽しそうにお花を選ぶルリさんに、店員さんも穏やかな笑顔を返す。 出来上がった花束は本当に大きくて、ルリさんの気持ちの相手への大きさを表しているようだった。 いいな。 ルリさんみたいな優しい人に溢れるほど幸せを願ってもらえるなんて。 「あ、それとは別で赤いチューリップ一輪包んでもらっていいですか?」 「かしこまりました」 花言葉を聞いて別で包むということは、愛の告白をする相手がいるのだろうか。 ルリさんから告白されて断る男はいないだろう。 会計は一万円を超えて、ルリさんはさっきまでとは違うカードで支払う。 プライベートの買い物というのは本当らしい。 「ありがとうございましたー」 店員さんの笑顔に見送られお店を出ると、ルリさんがくるりと軽やかに振り返った。 「ねぇ、瑞稀くん。この花束、喜んでもらえると思うー?」 この人でもそういうの気にしたり、渡すの緊張したりするんだ。 なんだか可愛い。 こんなにも想いが詰まった花束をもらって喜ばない人がいるはずがないのに。 「はい。相手はきっと世界一の幸せの者になります」 笑って心からの言葉を口にすると、ルリさんも「そっか。安心した」と笑い大きなその花束を僕に差し出した。 「え?」 あ、車まで持てってこと? キョトンと首を傾げる僕に、いたずらが成功したような笑顔でルリさんは言葉を続けた。 「新生活は花で彩らなきゃ。でしょ? キミの新しい人生が幸せで満ちますように」

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