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side 清十郎 ルリが出て行って、静寂が少し。 瑞稀はどこか縋るような目でルリがいなくなったドアを見つめていた。 よくもまぁ一日で手懐けたよな。 たしかにルリは人当たりいいけどさ、俺もルリも昨日初めて会ったって面では同じくらいの認識のはずなんだけどね。 まぁ自殺を望んでる瑞稀を脅すような形で家に連れ込んだんだから多少嫌われてはいるんだろうけど。 「瑞稀」 名前を呼べば大きな瞳が不安げに俺を映す。 取って食ったりしないっての。 「ここ、瑞稀の部屋ね。元々使ってなかった部屋だから好きにどうぞ」 今までほとんど使う機会のなかったゲストルームのドアを指して言うと瑞稀は慌てたように首を振った。 「えっ?いえ、僕の部屋とかわざわざ作っていただなくて結構です」 「え?寝室俺と一緒になるけどいいの? 俺、帰ってくるの夜中の時とかあるし起こしちゃうと思うよ?」 「そう言う意味じゃなくて!」 じゃあ他に寝床なんてないけど。 ソファで寝るとか言うつもり? それなら普通にもう昨日引き取ること決めた時点で今日に配送間に合うようベットも購入済みだしそっちで寝て欲しい。 「床とか、どこか隅のスペースいただけたらどこででも寝れますから、わざわざ僕のために部屋を一つ潰さないでください」 何言ってんのこの子。 ここまで来ると、遠慮がちな性格とかそういう次元越えてない? 「ねぇ、俺ってそんなひどいことする人間に見える?自分から瑞稀をこの家に引き摺り込んで、床で寝ろなんて言うわけないじゃん」 「ひどいってそんな…見ず知らずの自殺志願者を知ったからには放って置けないって言う底なしのお人好しだって思ってます」 お人好し……。 それを言うなら見ず知らずの俺を自分が死ぬかもって状態で庇った瑞稀の方だと思うけど。 普通死のうとしてるなら尚更他人のことなんてどうでもいいって思うもんじゃないの? 「四季さんの優しさに甘えて、のうのうと一部屋いただくなんて真似できません。 衣食住を恵んでいただいた上にそれ以上…」 「あのさ」 瑞稀の言葉をつい遮るように口を開いてしまう。 「衣食住を恵んだって言い方何?瑞稀は死にたいんでしょ。それ無視しして俺は自分のやりたいようにやってるだけ。そうやって自分を低くして人を勝手に押し上げるのやめろ」 声が低くなってしまっただろうか。 少し怯えたように俯いた瑞稀に、これ以上怖がらせてしまわないよう、気持ちを切り替えるために一度小さく息を吐くと努めて優しく笑って見せた。 「さっき床とか適当なスペースでいいって言ったよな。そのスペースがこの部屋ってだけだから。 俺はこの部屋に入らないし、ちゃんと自分だけのスペースは確保して」 俯いた瑞稀の表情が見えなくて長い黒色の前髪を撫でるようにどかすと、どうしていいのかわからないように瞳を揺らして、ぎゅっと口を結んでいた。 何その顔。 言いたいことの一つも言えないのか。 ……自分の感情すら見えなくなってるのか。 瑞稀の遺書に書かれていたことを思い出して、思わずため息が溢れた。 色々気になることはあるけど、今踏み込んでもこの子は何も答えないだろう。 「医者は、風呂今日から入っていいって?」 話を逸らすために別のことを口にすると、小さく頷く。 「じゃあ、花を花瓶に移すのは俺がやっとくから、お風呂行ってきな。事故やら入院やらで疲れただろ。ゆっくり湯船に浸かっておいで」 「あ……お花は自分でやります。 僕が一番風呂をいただくわけにはいきません。四季さんからどうぞ」 一番風呂て。 何時代の話だよ。 今後絶対俺の帰りが遅くなって先に寝ててってことばっかになるだろうに、今からそんなこと言う? まぁ、いいや。 今あれこれ言ってもすぐ変わるものでもなさそうだし。 花瓶は自分で選べたって言ってたし、花のプレゼントは本当に嬉しかったんだろう。 ルリからの花を自分で生けたいのかな。 「わかった。じゃあ先に風呂行ってくる」 「あ、風呂掃除。すぐやります」 「……うち風呂は自動洗浄ついてるから。あとハウスキーパー雇ってるし、家事させるために呼んだわけじゃないから」 そう言うと、瑞稀は逆に居心地悪そうにまた口をぎゅっと結ぶ。 何もしなくていいって言う方が、困るのかな。 「瑞稀の服とかクローゼットにいれることとか、量多いしできる範囲でいいからそっちお願いしていい?家にあるものは許可取らなくていいから冷蔵庫とか道具とか自分のものだと思って好きに使ってね。わからないことあったら声かけて」 「あ……はい」 小さく答えた瑞稀の髪を軽くクシャッと撫でて、風呂に向かった。

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