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「ねぇ岩崎クン、この子だれー?」 後ろにいた女の子がするりと岩崎君に腕を絡めて僕を見下ろす。 その目はどこか面白そうに細められていた。 「同中の奴。3年間……いや、おれ中学から同じなんだけど、小学校の頃からずーっとパシリやってたらしい、フルシタ君」 「えー?やだぁ、可哀想だよ〜」 「いやいやいやパシリつってもこいつ1円も金持ってないから、宿題代わりにやらせてたとかカバン持たせてたとか掃除代わってもらったとかその程度だぜ?」 「十分可哀想じゃん!もう意地悪なんだから〜」 可哀想だなんて言いながら、くすくすと楽しそうに笑う女の子の瞳を真っ直ぐ見れなくてつい目を反らした。 お願い…。早くどこか行って。 四季さんやルリさんみたいな、明るい人たちにこんな姿見られたくない。 「本名は椎名……なんだっけ?ミズギ?みつき?なんか女みたいな名前でさ。こいつ女みたいな顔してんじゃん」 「え!?女の子じゃないの!?」 「いや男。はは!やっぱ女に見えるよな。で、本当にちんこついてんのかよってひん剥いて確かめたんだけど、ちっこいのが一応ついてたわ。で、フルチン靴下で、フルシタ君」 「えー!?ひどーーい!もぉ、やだぁ!」 逃げようとして押し倒された背中の痛さや、たくさんの手に押さえ付けられた苦しさ、下卑た笑い声、それからスマホのフラッシュが今起こってることのように鮮明に浮かんで唇を噛んだ。 ほら、だから、早く死にたいのに。 こんなこと、もうずっとついて回る人生なんだ。 「そん時の写真がこれ!」 「やだ!泣いてるじゃーん。もー、ごめんね、フルシタくん。ちゃんとこいつメッてやっとくからね〜」 楽しそうにはしゃいで怒る気なんてないくせに。 ううん。怒ってくれなくていいからどっかいってほしい。 逃げ出したいのに、怖くて動けない自分が情けなくて、吐き気がする。 「あーそういや、健が探してたぞ。見つけたって連絡しておいてやるか」 その名前に、びくっと体が震え上がった。 だめ。今、見つかるわけにはいかない。 「あ、や、やめて…!」 「おい、きったねぇな!触んな!今日ブランドの服着てんだよ!」 つい縋るように伸ばした手を、汚物を見るように顔を顰めて蹴りどかされる。 何もできないまま、岩崎君はスマホを操作しようとして、苛立ったように舌打ちを吐き捨てた。 「くっそ。画面が割れてて操作しづれぇ。フルシタのフルチン画像でフリーズしてんじゃん。おいフルシタ。SIM差し替えるからそのスマホ寄越せや」 「ひっ!」 無骨な手が目の前に伸びてきて、咄嗟にスマホを隠すように蹲った。 「あ?何してんだてめぇ」 横からバコッと蹴られて、うっと声が漏れる。 ダメなんだ、これは。 だって、四季さんがせっかくお金を出してくれて、ルリさんが一緒に選んでくれたのに。 怖かったから差し出しましたなんて、申し訳がたたない。 「こいついつもはハイハイ言うこと聞くのにたまーに強情な時あんだよなぁ。めんどくせぇ。ダチ呼ぶか」 その言葉にまた心臓が掴まれるような感覚に息を呑む。 健君にも、連絡するのだろうか。 そう思うと目の前が真っ暗になるようだった。 岩崎君の大きな片足が蹲る僕の背中を踏みつけてぐりぐりと体重をかけてくる。 逃げなきゃ。 走って逃げて、それからルリさんに電話したらいい。 そう思うのに、ガタガタ震えて動けない。 「__ねぇ、うちの子に何してんの?」 肺を押される苦しさに、崩れそうになった瞬間、よく響く透き通ったと共にいきなり上から体重が無くなった。

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