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頑として譲らない四季さんに、ルリさんが諦めたように小さく息を吐く。 「ごめんね瑞稀くん。悪いようにはしないからオレとちょっとあっちに行ってようか」 だめ。 ルリさん、お願い。四季さんを止めて。 どうしても事を大きくするわけにはいかないんだ。 「ちょ、待てって!椎名!お前からも言えって!俺マジで何もしてないんですって!こいつのこといじめてた主犯、こいつのこと引き取った家んとこの息子ですよ!?家族のゴタゴタに巻き込まないで欲しいんすけど!!」 「……っ」 岩崎君が焦ったように声を張った言葉は一瞬で体を凍り付けさせた。 そうだ。写真を持ってる人全員に連絡するっていうからには、遅かれ早かれ健君にも連絡は行くということだ。 どくんと心臓が震える。 だめ。死ぬ前に健君に会うわけにはいかないんだから。 「……四、季さん。か、家族の話なので……本当に勘弁してください……」 ルリさんから離れて、四季さんの腕を掴んだ。 この人が何を考えているのか分からなくて、いつも少し怖かった。 でもたった二日で、もう優しい人であることは十分すぎるほど伝わってる。 その優しさを突き放す酷い言葉を言ってる自覚はさすがにあったけど、それでも引くわけにはいかなかった。 「……今は、俺が家族だろ」 掴んだ手を突然、ぐんっと引き寄せて四季さんは真っ直ぐ瞳に僕を映した。 "家族の中に、他人が混ざって生活する気持ち悪さあなたにわかる?" 家族なんて、いつも人と誰かを線引きして突き放すだけの言葉のはずだ。 いつだって、あの人たち家族と、他人の僕だった。 だからいつもどこにも居場所はなくて、家事をして役に立って、やっと寝るスペースとお風呂を許してもらえていた。 あの人達を家族と呼んだことを知られたら、烏滸がましいとなじられるだろう。 助けてくれようとしてる四季さんを、その言葉で突き放したっていうのに、どうしてこの人は同じ言葉で助けてくれようとするんだろう。 また涙が溢れそうになって、何も喋れない。 唇をぎゅっと噛んでなんとか耐える僕に、四季さんは小さく息をついた。 「君のことは調べたらすぐわかるから、今は見逃す」 それから、諦めたようにそう言葉を呟いた。 「……ウス」 「でも、よく覚えとけよ。お前に親兄弟、そこの彼女でもいい。大切な人はいるよな。その人達が同じ目に遭ったら、お前許せないだろ?相手のこと、殺してやりたいって思うんじゃない?」 四季さんは僕を片手で抱き寄せると、高い背を少し屈ませて、岩崎君と目を合わせた。 相変わらず無表情に見えるのに、その声は少しだけ怒ってるようにも聞こえた。 「人にやったことは自分に返ってくるなんて、そんな都合よく世の中できてない。 人の悪意でできた理不尽なことは山のようにある。お前がしたのは、そういうことなんだぞ」 「……っ」 「お前がこの先の人生で傷付ける誰かは、その人を大切に思う周りの人みんなも傷付ける行為なんだ。わかるな?」 「……っはい」 そんなこと言っても、僕が傷付いて、心を痛めてくれる誰かなんていないのに。 まるでそれは自分だと言うように出会ったばかりの四季さんが力強く言ってくれる。 もう胸が痛くて、涙が我慢できてるかわからない。 潤んだ視界の中で、素直に頷いた岩崎君の頭に、四季さんは撫でるようにぽんっと手を置いた。 「……たくさん脅してごめんな。また何か話したいことがあったらそっちから連絡してくれること待ってる」 僕に被せたコートの胸ポケットからするりと名刺入れを出して、それを岩崎君に手渡した。 絶対、連絡なんて来ない。 電話番号が載った名刺をホイホイ渡していいのかなって思うのに、どうしてか岩崎君はその名刺を痛みに耐えるような顔で受け取っていて、とても悪用するようには見えなかった。 「彼女も、せっかくのデートだっただろうに巻き込んでごめんね」 ずっと顔を真っ青にさせて息を殺していた女の子に、四季さんが携帯ショップのポスターで見たような爽やかな笑顔を向けると、青かった顔を真っ赤にさせて女の子はぶんぶんと顔を横に振る。 「じゃあ、もう行くね」 僕の肩を抱いたまま歩き出した四季さんに、戸惑って転びそうになったけど、支えてもらいながらなんとか歩いた。 後ろからはルリさんがついて来て、数分前までの僕ならやんわり解いてルリさんの後ろに隠れただろうに、どうしてかこの腕を振り払おうって気にはなれなかった。

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