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「あの、ルリさん服は洗えば使えるんで大丈夫です」 車に向かって歩き出したルリさんにそう言うと、ルリさんはダメと即答を返して来た。 「嫌な思い出出来ちゃったでしょ。だから清十郎は捨てて新しいものを買いなって言ってるんだよ」 そんなこと、考えもしなかった。 あんなこと日常茶飯事だから全く気にしないのに。 それに……。 「ルリさん、やっぱり服、いいです」 「そんなに遠慮ばっかしなくていいんだってば。着替えて美味しいの食べに行こ」 「そうじゃなくて、あの……」 また言いたいことがうまく言葉に出来なくて、詰まってしまった。 ああ、もう。会話すらスムーズに出来なくて、きっと相手をイライラさせちゃう。 「ん?なぁに?」 けれどルリさんは柔らかい笑顔のまま僕の言葉が出るのを待ってくれた。 そうだ。 ルリさんも四季さんも、見たことがないくらい優しい人たちだ。 「……この服、捨てたくないです。今日のこと、僕嫌な思い出になんかなってないです」 「そうなの?」 ルリさんが僕が気を遣ってそう言ってるんじゃないかって、探るように心配そうな瞳を向けてくる。 だから、つい癖で反らしてしまいそうになる視線をまっすぐ合わせた。 「四季さんが僕のために怒ってくれたのも、ルリさんが意気地なしの僕を庇ってくれたのも嬉しかったので、本当に四季さんがこのコートもういらないなら……頂いて、宝物にします」 砂埃だらけの僕に躊躇うことなく自分のコートを被せてくれた。 あの時の暖かさはきっと、一生忘れない。 「そっかぁ」 ルリさんがまた瞳に涙をためて、泣き笑いのような笑顔を見せた。 でもすぐに、抱き寄せられたから、その表情は見えなくなってしまう。 「ル……」 「キミは悲しいことより、嬉しかったことを数えれる子なんだね」 ルリさんの言葉の意味は、ちゃんとは理解できなかったけど、背中に添えられた手はまるで子供をあやすやすように優しくポンポンと叩いてくれた。 もう一度ぎゅっと抱きしめる手に力を込めると、パッと体を離して、ルリさんはもういつもの太陽のように明るい笑顔を浮かべていた。 「そう言うことなら、この服は取っておこうか。今日はちょっと色々あって、ご飯しててもソワソワしちゃうんじゃない?もうテイクアウトにして家でゆっくり清十郎のドラマとか見てゴロゴロ過ごそうよ」 たしかに、四季さんが帰ってくるまで気になって、何をしててもソワソワしちゃうかも。 こくんと頷くと、ルリさんは車の鍵を器用に指で回しながら歩き始めた。 「じゃあオレん家寄ってドラマの録画したDVD取って、お昼は、ハンバーガーのドライブスルーとかにしようか」 「もしよろしければお昼、僕作りますよ」 「えー、それは嬉しいけど、今日はゴロゴロしよう。早くあのドラマ見てもらって語りたいもん。さ、行こう♪」 多分ルリさんはわざと明るく振る舞ってくれてる。 気を遣わせて申し訳ないって思うのに、少し嬉しくて、前を歩くルリさんを追う時、自然と顔が綻んでいた。

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