38 / 46
*
side リチェール
清十郎と出会ったのは、大学に通いながら芸能事務所にマネージャーのサポートのアルバイトとして通い出した19歳の頃。
まだ高校3年の頃、社長に俳優かアイドルにならないかって街中でスカウトされて、断って、それでもまぁしつこくて、元々マネジメントの仕事に就きたいと思っていたから、素直にそう話すと、それなら大学に通いながらうちでバイトとしてマネージャーのサポートしてみなと、拾ってもらった。
大学卒業までにオレの気が変われば芸能人になったらいいし、変わらなければマネージャーとして就職したらいいと、ありがたい提案をしてもらった。
それから一年、オレが19で清十郎が中3の15の春。
社長から、突然お守り役とて清十郎を紹介された。
「こいつ性格ひん曲がってるけど、一年後俳優としてデビューさせるから、懐柔よろしくな」
そう言って社長の後ろに座る学ランを来た清十郎は、柄の悪さを醸し出したように椅子に片足を立てて座っていて、目は人でも殺してきたんじゃないかってくらい鋭く冷たい色をしていた。
なんでもこの事務所所属の大御所俳優の隠し子らしくて、奥さんも子供もいるのに一夜の過ちで、できた子供が彼とのことだ。
母親は酒乱で今で言うネグレクト。
父親のことなんて、母親が亡くなるまで清十郎はどこの誰かなんて知る由もなかったそうだ。
劣悪な環境で育った清十郎はそれはもう、野獣のように凶暴だったし、触れてみればその心は傷だらけだった。
「はじめまして清十郎くん。オレ、月城リチェール。よろしくね」
笑顔で差し出した右手は、舌打ちと共に無視された。
________
「いや、あれはムカついたね」
静かな車中で当時を思い出しながら笑顔でそう呟くと、ルームミラーに映った清十郎はうんざりしたようにため息をついた。
「ごめんって何回も謝ったじゃん」
あの頃からは、清十郎がこんなに簡単に謝るなんて想像もつかない。
この世の全てを敵と見てるような、ナイフが剥き出してそこにあるような子だった。
家庭環境を思えば仕方のないと思えるけど。
無視し続ける清十郎を追いかけ回したり、問題をしょっちゅう起こしては、学校から呼び出しに頭を下げに駆け付けたり、取っ組み合いの喧嘩をしたり、本当にあの一年は大変だった。
あの頃の清十郎はきっと、世界そのものが敵に見えていたんだろう。
だからさ、清十郎少しずつ笑うようになったり、謝れるようになったりしていくたび、本当に嬉しかったし、悲しい過去があるだろう瑞稀くんを引き取って、家族だって言った時、オレ泣きそうだったんだよ。
ダサいから、言わないけど。
「そういえば、瑞稀くん服買い替えたくないんだって」
「遠慮してるんだろ。無理矢理でも捨てて新しいの買ってやれよ。あんな服もう着たくないだろ」
「いや、それがさ。嫌な思い出じゃないらしいよ。清十郎が守ってくれて嬉しかったんだって。だからあのコート宝物にするって言ってたよ」
「……どんだけ純心なのあの子」
「あはは。同感」
目を当てたくない過去に土足で踏み込んだと怒ってもいいくらいなのに、あんな状況でも人の優しさや本意を取りこぼさないのは本当にすごいことだと思う。
そんな子だから、清十郎も守りたいって思うんだろうな。
なんだか、2人まとめて抱き締めたい。
「そういえば、昼間はごめんね。オレが話つけるってしゃしゃり出ちゃったやつ」
瑞稀くんも勿論可愛くて大切だけどさ、オレにとっては清十郎だって可愛い弟のようなものだ。
だからつい清十郎の俳優としての保身に走ってしまった。
清十郎がせっかく人を守ろうとしてるんだから、余計なことをするべきじゃなかったと今更ながらに反省していた。
「いや、ルリが俺のこと庇おうとしてくれたのはわかってるよ。いつも心配かけてごめんな」
"どいつもこいつも親父のこと知った途端媚びへつらいやがって気持ち悪ぃ。まとめて死ね。二度と俺に話しかけんな"
今日あんなことがあったからか、やたらと出会った頃の清十郎が頭に浮かぶ。
「もう、お礼なんか言うなよ〜。今日涙腺壊れててダメだ〜」
「ルリは昔から泣き虫だよ」
溢れた涙を、清十郎は当時からは想像もつかないような呆れた笑顔を浮かべた。
ねぇ、清十郎。
昼のことがあってからずっと心配そうにスマホをチラチラ見てるけど。
きっと今のお前ならさ、あの子を幸せに出来るよ。
「もう家着くけど、ルリ時間大丈夫なら家寄ってって。多分俺と2人とか瑞稀も嫌だろ」
「ふふーん。いつまでも甘えん坊だなぁ。いいよお兄さんが仲取り持ってあげる」
弟離れはまだちょっと寂しいから、ついつい世話を焼いちゃうけど、清十郎はもう十分人に優しさを伝えられる人になってる。
もう、なんだって出来るんだよ。
そんなエールを心でこっそり送って、柄にもなくソワソワしてる清十郎のために運転する速度を上げた。
ともだちにシェアしよう!