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別にあんな女を母親だと思ったことはなかったし、遺体の有様はひどいものだったけど、さして傷付きもしなかった。
でも、母親の死で当時の不倫や隠し子の発覚を恐れてか、あの日の言葉通りあの男は事務所の人を引き連れてやってきた。
そこで初めてあの日の男の正体を知った。
溝口淳一。
目の前では自分と対して歳も変わらないであろう40代くらいの社長に、若気の至りですよ。なんとかしてくださいとかへらへら頭を下げて、テレビじゃ硬派だとか、うわついた話の一つもない愛妻家だとか騒がれていた男の裏の顔を思い出して舌打ちをした。
「このネタ、マスコミに売ってやろうか。女が死んで揉み消そうとしてることも、てめぇがうちに来た日、あの女と俺の面を腫れ上がるまで殴ったこともよ」
そう言ってたっぷり悪意を込めて笑ってみせると、周りの大人達は狼狽える。
溝口はあの日と同じように忌々しそうに俺を睨みつけ、すぐ上っ面だけの笑顔に切り替えた。
「やだなぁ、そんな嘘ついたら、君も罪に問われちゃうよ?まどろっこしいことしないで教えて。いくら欲しいの?」
どこまでも腐った野郎だ。
ぶん殴って、そのままマスコミにネタを売ろう。
そう思って立ち上がった瞬間、目の前の男が吹っ飛んだ。
周りが騒然として、俺も思わず息を呑む。
殴ったのは社長だった。
「舐めた真似すんな。てめぇはもうこの子に何も話しかけるなよ。クソ野郎の話なんて耳に入るか」
頬を押さえて鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする溝口を、冷たく見下ろすと、社長は俺に向き直って頭を下げた。
「こいつがしでかしたことで、君たち親子を深く傷つけた事、そのことを知りもしないでこのような結果になってしまった事、こいつを雇う会社の社長として深くお詫び申し上げる。本当にすまなかった」
正直、演技にしか思えなかった。
目の前で殴って見せて俺の気が済むとでも思っているのだろうか。
「白々しい……」
そのまま、横をすり抜けて出て行こうとする俺を社長が呼び止めた。
「君はこの先どうやって生きていくつもりだ」
「関係ねぇだろ」
「学校もろくに行ってねぇやつに、まともな就職先になんてねぇぞ」
今更まともに生きようなんて思ってもねぇよ。
会話する気にもなれなくて、そのまま無視して進む俺に、返事がないことも構わず話を続ける。
「うちの事務所来いよ。衣食住に職まで与えてやる」
「………」
「お前がマスコミにリークしてもな。お前ら親子の苦しみの100分の1もこの男に仕返しなんて出来ねぇぞ」
「何それ脅し?揉み消しとかって本当にある話なんだ?」
白々しい演技の後に、さらに台無しにする汚ねぇ話だなと鼻で笑ってしまう。
今になればわかる。
社長は、俺たちの傷の深さはそれくらいでかいだろって意味で言ってくれていた事を。
そんなことにも気付けないほど、当時の俺は性格が腐りきっていた。
「大人の話なんて聞けねぇってか。おい、ルリ呼んでこい。で、お前ら全員出て行け」
呆れたように一度ため息をつくと、スタッフにそう声をかけた。
しばらくして現れたのは、女みたいなツラの外国人の19歳の男だった。
「はじめまして清十郎くん。オレ、月城リチェール。よろしくね」
柔らかい笑顔はと共に差し出された右手は、胡散臭く見えて、思わず舌打ちがこぼれた。
この出会いが、俺の人生を変える。
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