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第2話

 奈津も海未も全身ずぶ濡れで、スニーカーは砂まみれて、歩道を歩いていた。幸いこの時間はすれ違う人も少なく、変な目で見られることもほとんどなかった。 「君、なんであんなことしてたの?」  Tシャツの裾からぽたぽたと雫を垂らしながら隣を歩く、海未を見ながら奈津は尋ねる。海未はちょっと考えた末に、口を開いた。 「人魚は、王子さまから愛を貰えなかったら泡になるんだよ」  意味がわからない。 「君は人間でしょ?」  だってちゃんと足で歩いているし。尾びれはないし。  奈津がそう尋ねると、海未は少し寂しそうな顔をした。 「うん、そうなんだけれどね」  それからまた頭の中で言葉を探す様子をしてみせた。水滴が髪の先から落ちていて、海未の頬を伝う。一瞬泣いているのかと思ってしまった。 「おれはおれの王子さまから、愛してもらいたかったんだよ。だからやっぱりおれは人魚なんだ」  そこまで言って、へら、と海未は笑った。眉尻が下がって、血の気の引いた頬には水滴が流れて、泣き笑いみたいな顔になっていた。整った顔立ちだと、こんな笑い方でもさまになる。思わず五センチ以上下にある頭を撫でてやりたくなった。手を伸ばして、くしゃりと髪の毛を混ぜる。 「つまり、失恋したの?」  それなら意味がわかる。海未は乱暴に撫でられた髪を指先で摘まんで、奈津の話を聞いていた。そして寂しそうに、「失恋してないよ」と呟く。 「失恋すらしてない。告白、しなかったから。おれに優しくて、変なことを言ってもよく笑ってくれて、たまに頭を撫でてくれる手が大きくて温かかった。一緒にいると気持ちがふわふわしてたから、きっと好きだったんだろうね」  そこで海未は一旦両腕を伸ばして、伸びをした。「でもね、」 「その人には好きな人がいたから。付き合ってる人。おれには全然勝ち目なんてなかったんだよ」  今度こそ海未は地面をじっと見つめて、立ち止まってしまった。奈津だけが数歩先まで歩いてから、気付いた。 「どうしたの?」  地面にぽたぽたと落ちていく雫が、海水か涙かわからない。 「あは。泡にすらなれないなんて、人間ってどうやって生きてけばいいの?」  ず、と海未が鼻を啜る音を立てた。  奈津にとって海未は見ず知らずの他人だ。たまたま砂浜で見かけた変な人で、変な人を助けたら、駅への道すがら変な話を聞かされただけだ。「また王子さまでも見付ければいいんじゃないの」とでも言えばすむ話だ。海未の恋も失恋も、奈津には関わりのない話だから。  頭ではそうわかっている話なのに、奈津の口から出た言葉は奈津すら予想していなかった。 「僕が、君の王子さまになってあげる」  はじめて会ったよくわからない君の、期間限定王子さまだ。

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