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第4話

 結局海未は奈津が連れて帰ってきた。駅から徒歩二十分、大学から徒歩八分、築年数はともかく、文句のない立地条件だと思う。コンクリートの一部剥がれた階段を上って、三階のいちばん奥の部屋に、海未を押し込む。 「とりあえず、今日はうちに泊まって」  奈津が懇願する。海未はきょとんとして、「いいの?」と訊いてくる。自分が惚れた人が神待ちするのを見ているより、よっぽどいい。 「お風呂、そこだから。着替え、用意しておくから、入っちゃって」  海水と砂でだめになったスニーカーを玄関の隅に寄せながら、奈津は海未を風呂場へ押し込む。しばらくして、シャワーの湯が出る音がした。奈津の方は簡単に足の裏を拭いて、海未に貸す服を物色する。海未は奈津より大分小柄だから、大抵の服は着れるだろう。下着は未開封のものを用意した。  それらにバスタオルを添えて、浴室の入り口に置いておく。友人の多くない奈津にとって、自分の部屋に他人がいるなんて、変な気分だ。しかもその人は奈津の部屋のシャワーを使っている、奈津が一目惚れした海未だ。  変なことは考えてないけどっ。  思わず畳敷きの部屋の隅で正座してしまう。耳は浴室の音に集中してしまっている。そういえばシャンプーはわかっただろうか。ボディソープはどうだろうか。そんなの見ればわかるものなのに、声をかけた方がいいのだろうか、なんて思ってしまう。  シャワーを浴びる海未の細いからだを想像しかけて、思わずかぶりを振る。そんなじりじりとした時間を過ごした。しばらくしてシャワーのコックを捻る音がして、湯の出る音が止まった。浴室の扉が開く。今、海未は全裸なのだ、と思うとどきどきする。  そんな奈津の状態とは裏腹に、健全な海未の声が「奈津さん、ありがとー」と着替えの礼を伝えてきた。 「う、うんっ」  変な想像をしていたなんて、言えない。  なのに海未は奈津の想像以上の姿で現れた。冷たい六月の海に浸かっていて血の気のなかった顔には血の気が戻り、頬はほんのりと紅潮している。小柄で薄い肉付きの海未には奈津の用意したTシャツが大きかったらしく、襟首から鎖骨と、薄い胸が少しだけ見える。裾も少し長くて、動きにくそうだ。それ以前に、好きな人が自分の服を着ているということに、妙に緊張した。 「先使わせてくれて、ありがとね。今度は奈津さん、いってらっしゃーい」  海未はそんな奈津のことなどお構いなしに、奈津を浴室へ送り出してくれる。  中途半端に乾いたTシャツとデニムのパンツは、脱ぐのに苦労した。下着もからだに貼りついて、気持ちが悪い。何よりからだが冷えている感覚があったから、海未を先にシャワーを浴びせてよかったのかもしれない。  コックを捻って湯を出す。仄かに先程まで海未が使っていた気配がして、変な汗が出た。  その汗も、乾きはじめた海水も、冷えた体温も、全部洗い流してしまう。排水溝がいい仕事をしてくれた。髪もからだも洗って磯臭さを取り除く。  それからバスタオルで濡れたからだを拭いて、着替えた頃にはさっぱりとした。

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