6 / 30
第6話
その夜、奈津は全然眠れなかった。キスがはじめてなわけでも、隣で好きな人が眠っている状況がはじめてなわけでもなかったけれど、長い睫毛を閉じてすうすうと寝息を立てている海未を見ていると、耳の奥で鳴る鼓動が煩くて眠れる気がしなかった。
それでも少しは眠ったらしい。
夏至に至るまで、日の出の時間はどんどん早くなる。朝四時過ぎにもなれば、陽光が差し込んでくる。昨日カーテンを閉め忘れたので、温度を伴わない陽射しは、奈津の目蓋を直接刺激した。
眩しい。時間は?
そう思ってはいてもまだ重たい目蓋は頼りならず、手のひらでスマートフォンを探す。確か枕元に置いたはずだ。無闇にシーツの上に手を這わせていると、指先が柔らかな何かに触れた。
吃驚して一度指を引っ込める。それからもう一度恐る恐る指先を伸ばすと、やっぱり柔らかな何かに触れた。それには温度があった。
これはなんだ。
眠気と覚醒の間を漂っていた意識は急浮上して、あんなに重たかった目蓋はすっと持ち上がった。
「うみくん……」
思いの外間近に、すうすうと寝息を立てている海未がいた。昨日隣で一緒に眠ったのだった。明るいところで見る海未は、頬にかかった少し長い明るい髪が朝日をきらきらと反射させている。肌は透けるように白い。奈津は彼の緩やかなカーブを描く頬をつついていたらしい。
東向きの部屋の窓から差し込む朝日は眩しいはずだけれど、海未はまだ起きる気配はない。他人の部屋の布団でよく熟睡できるな、と奈津は感心してしまう。それもからだの半分は敷布団からはみ出て、畳の上だ。
その海未は昨日、「人魚は、王子さまから愛を貰えなかったら泡になるんだよ」と言った。海未は恋をしたのに、失恋すらできなかった。それに人間は失恋しても泡にもなれない。それでも泡になって消えたかったのだろうか。
「おれはおれの王子さまから、愛してもらいたかったんだよ」とも言っていた。奈津は海未の王子さまだ。ただし期間限定の。海未が泡になって消えないように、次の王子さまを見付けるまでの、繋ぎの役割だ。
でも多分、海未が新しい王子さまを見付けたら、泡になってしまうのは奈津の方だ。それでも、
「次は、泡にならないように、頑張れ」
明るい色の髪に手を伸ばして、くしゃ、と撫でる。
眠っているはずの海未の頬がほんのり赤く染まった。
「あれ?」
その反応は、起きているんじゃないだろうか。試しに「海未くん?」と呼んでみると、白い肌がみるみる内に紅潮していく。
「起きてる?」
起きていられると、奈津としても恥ずかしい。それなのに、海未は「寝てるっ」と返してきた。眠っている癖に返事をするやつがいるか、と思う。それでも海未は頑なに目蓋を開かない。
「海未くんっ」
しまいには奈津が海未の頬を引っ張って、無理矢理起こした。
ともだちにシェアしよう!