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第12話
その日の夜、灯りを消して、また真暗な中で至近距離で奈津は海未に顔を両手で掴まれていた。
「奈津さん、おれのこと、ちゃんと好き?」
暗い中でも大きな瞳は印象的だった。目を逸らしたくても、海未がそれを許さない。
それにしても「ちゃんと」とはどういう意味だろう。
「好きだよ」
海未のいちばんにはなれないけれど、奈津は海未が好きだ。
「じゃあ、キスしていい?」
それはどうなのだろう。奈津は海未の期間限定彼氏だ。そこまでできる権利があるのだろうか。逆に「していいの?」と訊いてしまう。海未はきょとんとした顔をした。
「おれはしたい」
海未は奈津の鼻先に自身の鼻先を押し付ける。
「おれは奈津さんとキスしたいし、触りたいし、触って欲しいよ」
それは奈津にとっては嬉しいことだけれど、「でも、僕は海未くんの本命じゃないよ」
心配げに言う奈津に、海未は「あは」と笑った。
「もしかしたら、奈津さんがおれの王子さまかもしれないじゃない」
そうなのだろうか。奈津が小首を傾げると、海未も一緒になって首を傾けた。
「そんなすぐにわかるわけないよ。奈津さんが本当になってよ」
このとき奈津はどんな顔をしていたのだろうか。自信のない顔だろうか、情けない顔なのか。間の抜けた顔をしていたのかもしれない。絶対に乗っ取りなんてできないと思っていたけれど、可能性が出てきてしまった。
とにかく海未はまた「あは」と笑う。
「ひどい顔してる」
そう言って海未は奈津の頬に触れた。両頬に人差し指をぐ、と押し込むと奈津の口角を引っ張り上げられる。「『好き』って言うときくらい、笑顔でしてよ」
それは。
「いいってこと?」
恐る恐る尋ねる奈津に、海未はへら、と笑って「いいってこと」と答えた。ちゅ、と唇が重なる。
今度は奈津の方から軽いキスをお返ししていく。そうすると海未が少し唇を開いた。一瞬躊躇ってから、奈津が舌先で唇を割って這入る。おずおずとした動きに、海未が小さく笑った。そして舌を絡めてくる。
「ふ……っ」
舌裏って舐めると気持ちいいんだっけ、と思い出しながら海未の舌裏を執拗に責めてみる。最初は応えていた海未が、その内いやいやをしはじめた。
「ふぁ……んっ」
海未が「離して」とするので、ようやく奈津は海未の唇を解放した。
「……奈津さんのえっちっ」
目に涙を浮かべて海未が抗議してくる。唇から零れた唾液は奈津が拭ってあげた。
「ごめん」
嫌いにならないで欲しい。困り顔になっている奈津に、海未は目を細める。
「奈津さん、可愛い」
えっちだけど、好き。
海未にぎゅっと頭を抱きしめれた。これは褒められているのだろうか。
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