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第18話

 夜、閉店したカフェの向かい側の公園で、奈津は海未を待っていた。海未は、昨日と同じように、店を閉めてから十五分程で出てきた。「お疲れさま」と挨拶を交わす。海未はどこか居心地が悪そうだった。奈津もそういう顔をしていたかもしれない。  海未は片手に最新のスマートフォンを持っていた。 「今日までお世話になりました」  ぺこり、と頭を下げてくる。奈津はなんて返したらいいかわからなくて、「いや」とか何とかごにょごにょと返した。  奈津と海未のスマートフォンの中には、昼間のメッセージアプリの短い遣り取りが残っている。 『お疲れ』 『おつかれ』 『朝の人が海未くんの王子さま?』 『そう』 『僕はその人の代わりになれてる?』  返信はいつまで経っても来なかった。  きっとあの人の代わりにはなれていなかったのだろう。全然足りていなかったのかもしれない。 「……奈津さんは、ちゃんと王子さまだったよ」  眉尻を下げて困った顔をするのも、可愛いな、なんて場違いなことを奈津は考えていた。今奈津はきっと、聞き分けのできない子供のようなものだろう。海未の言葉に「ありがとう」すら返せなかった。 「おれ、考えたけど、奈津さんがどれだけ優しくしてくれても、きっと有紀さんと比べちゃう。まだ忘れられないんだ。でもそれは奈津さんには、誠実じゃないよね」 「ごめんね」と海未は謝った。奈津は余計に惨めな気持ちになる。海未に謝って欲しいわけではないのだ。選んで欲しい。海未には有紀という人ではなくて、奈津を選んで欲しかった。 「おれの服とスニーカー、悪いけど、捨てといて」  海未は本当に奈津の元からいなくなるつもりなのかもしれない。 「……今日はどうするの?」  こんな夜から漫喫でも探すのだろうか。それとも見ず知らずの人のところに泊まるのだろうか。 「んー、神待ちしようかな」  スマートフォンをかざして、海未は写真を撮る。シャッターを切る瞬間だけ、満面の笑顔だった。そういえば奈津は海未の写真の一枚も持っていない。これで別れたら、海未がいた証拠のひとつも残らない。気持ちは澱となって残るのに、記憶は泡になって消えていくのだろう。 「……そっか」  まだ海未と別れるには未練が残っている。でも有紀を見ていたときの海未を見てしまったら、一緒にいるのはもっとつらい。 「元気でね」  奈津はなんとかそれだけ絞り出した。ただの社交辞令なのに、海未は、へら、と笑って「奈津さんもね」と答えてくれる。

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