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第20話
昼に大学の裏にひっそりと建っているカフェへと向かった。相変わらず煉瓦造りの壁に這う蔦が見事だ。海未はいるだろうか。奈津は上半期の運をすべて賭けるつもりで、自動ドアを潜った。
「いらっしゃいませ」
明るい女性の声だった。
「こちらメニューです。お決まりになったらお呼び下さい」
席に案内されて、メニューを開いて渡された。コーヒーの種類が豊富だ。ブレンド、カフェラテ、カプチーノ、水出しコーヒー等々。
でもメニューの一覧に海未はない。当たり前だ。店員に訊いてみるべきだろうか。
奈津はカプチーノを頼んだときに、店員に訊いてみた。変な客だと思われるかもしれないけれど、構わなかった。
「すみません、あと、海未くん、──えっと、古淵くん、いますか?」
店員はきょとんとした顔をしたのち、少々お待ち下さい、と言って下がっていった。カウンター裏に入ると、店員は奥に声をかけた。
「うみくーん、お客さん」
「やよいさんやってよ」
「じゃなくて、うみくんにお客さん」
会話が筒抜けなのは、店としていいのだろうか。何はともあれ、上半期分の運をすべて賭けただけあって、海未はいるようだ。あとは会ってくれるだろうか。
奥から出てきた海未は奈津を見ると、「おや」という顔をした。
「奈津さん、どうしたの?」
少し長めの髪を器用にヘアピンで留めた頭を、こてん、と傾げる。
「海未くん、ちょっと人のいないところで話したい、です」
思わず敬語になって、奈津は海未を上目遣いに見上げる。海未は頓着しない様子で、「ちょっと待ってて」と言うと、一旦奥に下がって黒いエプロンを外して戻ってきた。
ふたりで向かい側の公園に入る。遊具のほとんどない、散歩コースがメインの公園にひと気はない。
「で、奈津さん、どうしたの?」
改めて海未に尋ねられる。心持ち声のトーンが低い。怒っているのだろうか。それとも不審がっているのだろうか。
「これから海未くんに我儘を言うから、嫌だったらお店に戻って。僕も二度と行かないから」
そうは言っても奈津は手に汗をかいた。これを言えば、もう二度と海未に会えないかもしれない。奈津のエゴを言えば、それは嫌だ。
「……うん?」
話を促される。奈津はからからに渇いた口を開いた。海未の大きな目を見据える。
「僕、また海未くんの王子さま、できるかな? 今度は期間限定じゃないやつ」
声は震えていた。海未はなんと答えるだろう。
海未はぺこり、と頭を下げた。少し長めの明るい色の髪がふわり、と動く。たっぷり三秒その姿勢でいて、四秒めで頭を上げた。
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