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第24話
その日も奈津はばかのひとつ覚えのように、トーストに目玉焼きを載せた朝食を作った。コーヒーはインスタントだ。そろそろ海未から苦情がきてもいいかもしれないけれど、海未は相変わらず、へら、と笑ってばかりだ。
「ねえ、飽きないの?」
むしろ奈津の方から訊いてしまった。奈津自身は三日間カレーでも全く頓着しないタイプなので、周囲に嫌がられてしまう。
海未は一瞬何のことか、という顔をしたあと、手元の目玉焼きの載った齧りかけのトーストに目をやった。「これのこと?」という顔をするので、頷く。
「おれ、これ、好き」
また、へら、と笑う。大きな目が細くなって、可愛い顔になる。半熟の目玉焼きを載せたのに、海未は器用に汚さずに食べて見せた。それからそういうことを訊いているんじゃないのか、ということに思い当ったらしい。
「おれ、多分、一週間カレーでも平気なタイプなの」
残ったトーストをかりかりと齧りながら、海未は言い直した。それに奈津は笑った。
「僕、三日ならカレーでも平気だけど、一週間はどうだろ?」
奈津が楽しそうな顔をすると、海未もつられて「あは」と笑う。
「今度、やってみる? 一週間カレー」
「負けた方が一週間朝ごはん担当?」
「あは。メニュー変わらなさそう」
そんなくだらない、近い将来のもしもの話をして笑い合えた。多分奈津が海未とそんな話をしたのははじめてだ。海未はいつもふとした瞬間にどこかに行ってしまいそうで、留める方法が奈津にはわからなかった。それなのに今朝は海未が明日もその次の日も、奈津の隣にいてくれるような気がする。
食器を洗って、建付けの悪い部屋の鍵をかける。
海未の方から、奈津の左手に細い指を絡めてきた。手を繋いでコンクリートの一部が欠けた階段を下りる。あ、この時間って、と気付いたときには、有紀とアパートの前で出会った。
「おはよう、二宮くん」
有紀は奈津の名前を憶えていた。「おはようございます」と返す。
ちら、と横目で海未を窺うと、海未は複雑な表情をしていた。有紀に会えて嬉しい気持ちと、会いたくなかった気持ちがない交ぜになっているようだ。
「海未くんもおはよう」という有紀の挨拶にも、「おはようございます」と上の空だ。その態度は有紀のお気に召さなかったようだ。
「二宮くんは海未くんのトモダチだったんだね」
繋いだままの手を見て、有紀が言う。「トモダチ」という言葉に含みを感じる。
「えっと、」
何と答えるのが正解か。海未の方を窺うと、海未はきっ、と有紀の方を強い意志で見つめていた。
「トモダチじゃないです。彼氏です」
有紀さんはちょっと意外そうな顔をした。「へえ、そうなの」
「だから、もう、有紀さんのところには行かないです」
海未の中で何かを決意したらしい。強い口調だった。奈津と繋いでいた手が震えていたから、意味はわからないけれどぎゅっと握り返した。それに後押しされたように、海未は口を開いた。
「姉を、よろしくお願いします」
海未は深々と頭を下げた。それから、「行こ」と奈津の手を引く。
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