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第25話

 夜、やっぱりカフェの向かい側の公園で奈津は海未を待っていた。海未は閉店後十五分くらいで店を出てきた。 「奈津さん」  手を振って駆け寄ってきた海未は、そのままの勢いで奈津の手をとった。 「おかえり、海未くん」  奈津が手を握り返すと、海未は頬をほんのり紅潮させて幸福そうに笑う。そんな海未にこれから質問することを考えると、悪い気がした。でも奈津は訊いて、はっきりさせたかった。 「ねえ、海未くん。有紀さんってどんな人?」  海未は一度「え?」という顔をしてから、答えた。 「おれが好きだった人。奈津さんとは違う人」  その言葉は予想していたけれど、奈津の胸にずしりと響く。 「僕は、有紀さんの代わりにはなれないんだね」  奈津は海未の王子さまになりたいけれど、海未の王子さまは有紀なのだ。海未の理想の有紀に成り代われたら、と思う。一方海未はきょとんとした顔で、奈津を見た。 「奈津さんは奈津さんだよ。おれは有紀さんの代わりが欲しいわけじゃない」  そんな話をした所為か、その日の夢見は最悪だった。夢の中でそれが夢だと気付くことは、奈津の場合ほとんどない。それが今回はすぐに気付いた。  奈津は海未を組み敷いていた。海未は暴れたのか、薄い布団からはみ出して、畳の上に身を投げ出している。その折れてしまいそうな腕を奈津の手のひらで掴み、からだは奈津のからだで開かれている。 「やだっ」  海未が唯一自由になる頭を振って、奈津を拒絶する。明るい色の髪がさらさらと左右に流れた。 「おれは有紀さんが」  すべてを言わなくても、海未の言葉が奈津に刺さる。でも夢の中の奈津は「でも今は僕の彼氏でしょう?」と意地悪なことを言う。海未の大きな瞳が潤んで、涙が一すじ頬を伝った。  こんなこと、したくないのに。 「ねえ、そんな人忘れて」  海未の首すじに顔をうずめる。耳元で囁く。 「僕だけ見てて」  細い首を舌で舐め上げて、強めに吸う。 「ひ……ぅっ」  海未が小さく鳴く。唇を離すと、小さな鬱血が起きていた。奈津のものだという所有印のように見えて、ごくり、とのどが鳴る。 「海未くん」  額を寄せて、海未を至近距離で見つめる。相変わらず夢の中の海未は泣いていて、奈津は罪悪感を感じる。 「有紀さん」  また海未は有紀の名前を呼ぶ。奈津はどうやっても有紀には勝てないのか。どんなに呼ばれても、奈津は有紀の代わりにはなれない。だから聞きたくない。もう黙って欲しい。  有紀の名前を呼び続ける海未の口を、奈津は強引に口で塞いだ。 「う……ふ、」  海未が「離して」と首を左右に振る。その度に大きな瞳から涙が零れる。  泣かせたいわけじゃないのに。  最悪だ。こんな夢、早く覚めればいい。

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