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第26話

「──さん、奈津さん」  海未の細腕にからだを揺すられて、明け方、奈津は目を覚ました。まだ重たい目蓋を擦って、からだを揺する海未を見る。明るい色の髪が汗で額に貼りついていて、くっきりとした二重目蓋の奥の大きな瞳には奈津が映っている。それに奈津はぞっとした。 「……海未くん」  さっきまでの悪夢がフラッシュバックする。無理矢理海未をどうにかしようとする夢だった。奈津の中にそんな嗜虐趣味があるなんて、思ってもいなかった。そんなことなど知るはずのない海未は、「うん、海未くんでーす」とへらへら笑って応えてくる。罪悪感で心がちくちくと痛む。 「奈津さん、めっちゃ魘されてたよ。だいじょぶ?」  海未の指が、奈津の乱れた髪を優しい手付きで直していく。「お水飲む?」と重ねて訊いてくる海未の背中に、奈津は腕を回した。 「海未くんが欲しいよ」  からだを半分起こして、Tシャツ越しの海未の薄い胸に顔をうずめる。うちのボディーソープのにおいに混じって、海未のにおいがする。 「奈津さん?」  奈津の髪を梳いていた海未が、「どうしたの?」という顔をする。その海未を半ば強引に布団に引っ張り込んだ。 「わっ」  色気の欠片もない驚きの表現に、無性に安堵する。けれど奈津は海未の顔など見れるわけもなかった。 「海未くん、ごめんね」  薄い胸に顔をぎゅっと押し付けて、謝罪の言葉を繰り返す。海未にはなんのことかさっぱりわからないだろう。 「奈津さん?」  首を傾げながらも、海未は細い腕で奈津の背中をさすってくれた。 「海未くん、ごめん」  これは「迷惑かけてごめんね」のごめんだ。きっと海未には違いなんてわからないだろう。わからないままでいて欲しい。悪夢に魘されて、混乱して海未に甘えているのだと思っていて欲しい。奈津の嗜虐趣味の夢なんて、海未は知らなくていい。 「奈津さん、なんか怖い夢でも見たの?」  だから海未のその言葉に、奈津は肩を震わせた。その反応に「当たった?」と海未が少し嬉しそうに返してきた。 「なんで」  わかったのだろう。 「あは、奈津さん、わかりやすいよ」  そう言いながら、海未は「奈津さん、大丈夫だから」と背中をゆっくりさすってくれた。温かな手のひらが、奈津の背中をゆったりと行き来する。浅かった呼吸が深くなる。目蓋が重たくなる。 「海未くん、ごめんね」  謝罪の言葉を紡ぎながら、奈津は眠りに落ちていった。

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